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豊かな未来のきっかけを届ける

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72歳の発明が「そんなことできない」を打ち破った。海に変化をもたらす革命

Gyoppy! 編集部

笹倉豊喜さん

魚群探知機。誰でも名前くらいは聞いたことがあると思う。これは、読んで字のごとく、魚の"群れ"がどこにいるか、船上から水中の様子を確認できる機械のこと。漁業や海洋開発、釣りなどの現場で、長年に渡って活躍している。

実は、魚群探知機は約70年前に発明されてから、これまで大きな技術進歩がなかった。しかし近年、「魚群」ではなく「魚体」レベルまで確認できる探知機が発明された

魚の数やサイズまでクリアに知ることができる"ネオ魚群探知機"、AquaMagic(アクアマジック)を開発したのは、兵庫県神戸市に拠点を構えるスタートアップ、株式会社AquaFusion(アクアフュージョン)。代表の笹倉豊喜さんは、50年以上、海を舞台に仕事をしてきた。AquaMagicの開発は、過去に研究を行ったイルカの生態がヒントになっているそうだ。

笹倉さん

「イルカは、ダダダダって機関銃のように超音波を出すんですよ。原理はそれと一緒で。AquaMagicを使うことで、魚の種類やサイズが事前にわかれば、漁業が変わる。獲り過ぎたり、お金にならない魚を獲ることはなくなります

AquaMagicは、海の未来にどんな変化をもたらすのだろうか。話を聞いた。

AquaFusionの拠点がある神戸市のポートアイランド

70年の沈黙を破り魚群探知機の常識を覆したAquaMagic

── そもそも魚群探知機は、どういう仕組みなのでしょう?

水の中へ向かって超音波を出すと、魚などに当たってエコーが返ってきます。山に向かって叫んだら返ってくる「やまびこ」と同じ原理なんです。たとえばイルカは、この超音波を使って、仲間とコミュニケーションをとったり、餌となる魚を探知したりしています。

人間は残念ながら、高い周波数の音波を出したり聞いたりできませんが、約70年前に、超音波の原理を活かした魚群探知機を発明して、魚を獲るようになった歴史があります

── では、笹倉さんが開発されたAquaMagicは、これまでの魚群探知機とどう違うんでしょうか。

音波は、水の中で1秒に1500メートル進みます。水深750メートルの海底に向かって音波を発すると、約1秒後に音が返ってきます。現在の魚群探知機は海底からのエコーが返ってくるまで、次の音を出せません。魚群探知機が開発されてから70年間、ずっとこの不滅の原理、音速の壁を破ることはできなかったんですね。

我々が発明したAquaMagicは、海底からのエコーが返ってくる前に次の超音波を出すことができます、ダダダダっと機関銃のように。「音速の壁」を超えて無数に超音波を発することができるので、飛躍的に超音波の送信回数を増やすことができるんです。これまでであれば魚の群れとしてしか確認できなかったものが、魚1匹1匹を識別できるようになった。分解能は100倍くらいになりました。もちろん人類で初めての技術ですよ、イルカは何万年も前からやってたかもしれませんが。

── 70年間ずっと変わらなかったのに。どうやって実現させたんですか?

4、5年前、共同創業者の松尾(行雄さん。東北学院大学教授)と一緒に「1秒間に10回音を出せると、魚群探知機の性能はすごくよくなるよなあ」「いろんなことができるよなあ」「いや、そんなことはできないでしょう」「こんな方法はどうでしょう?」みたいな議論をしていたところから始まりました。

従来の魚群探知機の仕組み
独自技術(FINE Technology)を利用したAquaMagicの仕組み

最初はちょっとした夢物語でしかなかったんですが、CDMA(Code Division Multiple Access)という無線機なんかで使われている技術がありまして、その技術を使うと、従来1対1でしか通信できなかったところを、それぞれに符号を与えて識別することで、同時に複数の人が同じ空間で通信することが可能になります。

この原理を応用すれば、1秒に1回じゃなくて、機関銃のように連続で音を出せるから、従来の魚群探知機よりも性能がよくなるってことに、僕と松尾さんが気づいたんです。

── へー! ひらめいたきっかけは何だったんでしょう?

僕らはソナーの研究の一環として、イルカの生態も研究していました。イルカは、ダダダダって機関銃のような超音波を出すんですよ。何万年も前からイルカはこの原理を使って、魚を探して捕まえていたんじゃないかと。まあ、それは僕と松尾先生の見解で、世界中の人はそんなこと思ってないと思うんだけど(笑)、とにかくこうしたイルカの生態から着想を得たわけです。

でも、僕はこれまでにも特許をいっぱい出したことあって、発明のきっかけを聞かれることが多いんだけど、実際にはきっかけらしいきっかけなんてないんですよ。発明っていうのは、ふつうなら餃子にラー油垂らすところを、なんとなくワサビを混ぜてみようと思ってやってみるのと、あんまり変わらない(笑)。

今回の技術も、原理的にできるってのはすぐわかったけど、本当に実用に落とし込んでつくれるまではいろいろ試しました。「そんなことできるわけないだろう」と言った人はいっぱいいます。発明とは、そういうものだと思ってます。

そんな中、ありがたいことに農林中金さんに興味を持っていただいて。水産業会連絡会議で、我々の取り組みを紹介してくださり、一緒になってこの新しい技術で漁業に貢献していきましょうとなっています。JFマリンバンク(信用事業を実施している漁協・信漁連・農林中金)さんは、各地方に拠点を持っているので、そこの方々に漁協さんを紹介してもらって、販売のアシストで入っていただいてます。

我々は、どうしても小さい会社で、かつ新しい技術なので、知名度がありません。SNSで拡散が期待できるような業界でもない。農林中金さんみたいな昔からネットワークを持っていらっしゃるチームと一緒にやらせてもらえたのは、ありがたかったですね。

笹倉さん

「獲る漁業」から「管理漁業」へ

── AquaMagicが広がることで、海の未来にどんないい影響があるんでしょうか。

今までは「獲る漁業」と言われていましたが、これからは「見守る漁業」、「管理する漁業」に変わっていくでしょう。「管理」と言うと締めつけのように聞こえるかもしれないけれど、つまりは「自己管理」ですね。年々、日本の漁獲量が減っている中で、管理する漁業への変化は、必要不可欠なことなんです。

最近では、すべての漁船に魚群探知機はついているから、魚群はこれまでも見えてたんですけど、見えた魚がアジなのか鯛なのか、魚の種類やサイズは正確にわからなかった。

AquaMagicのことを「水中可視化装置」と言っているんですけど、水中の状況がわかれば、獲り過ぎや、お金にならない魚を獲ることを減らせるので、管理する漁業が実現に向かっていきます

船の模型。オフィス内でシミュレーションを行うこともあれば、所有している船で実験を行うことも

たとえば定置網だと、陸から遠いところにあるから、行ってみないと本当のところ魚がどれだけ入っているのかわからない。行ってみたら全然魚がいなくて、人件費も氷代もガソリン代も全部ムダになっちゃったみたいなことも避けられるようになる。

養殖も、表面上の魚は見えますけど、フタを開けてみたら相当数へい死してしまっていて、でもそのことに気づかずに餌を与えてしまうといった問題もあるんです。養殖は餌代がコストの7割と言われている。水中が可視化されると、給餌コントロールもしやすくなります。

── 水産資源の管理や、コスト削減に直接的に貢献できるんですね。

そうなんです。さらにAquaMagicでは5mmのプラスチック片まで映るので、海中のプラスチック現存量もわかるようになると思うんです。すると環境問題にも、この機械が使えるんじゃないかと考えています。

今までも、海水の表面上で大まかに調べることはできていますが、海全体のプラスチック現存量がわかっていないんです。水中を可視化できれば、いまだ謎の多い海底の秘密を探れたりだとか、それに付随して海の環境面に寄与する事業を展開できる余地もあります

海に恩返しがしたくて

── 笹倉さんの開発のモチベーションはどこからきているんでしょうか。

僕は水産業を主に海洋開発やイルカの研究をしてきました。海に関わる仕事を50年も続けて生きてきたので、お世話になった海に対して恩返ししたいという思いがあります。

海が好きな人、子どもって、減っているんですね。だから、こういう夢のあるおもしろい仕事をして、小学生とか小さな子どもたちがもっと海に関わったり、海を好きになったりすることに貢献したいんです

ポートアイランドの目の前には海が広がる

── 「海への恩返しをしたい」というのが、根本にあるんですね。そのなかで、笹倉さんが持っていらっしゃる技術を生かしていらっしゃる。

結局、我々エンジニアにできるのは、作った機械やソフトを教育の場で使ってもらったりすることで、海へ関わる人を増やすことくらいだと思うので。特許を取っただけでは、全然社会に貢献しないんですよね。

特許を実践するという舞台があって初めて社会に貢献できる。そういう思いで、僕は自らやろうと、2017年に新たに会社を作りました。今、72歳。残り少ない人生なのでね、ぼやぼやしてられないっちゅうことで。

技術革新が起こりにくい漁業界に革命が起きたことにおもしろさを感じてAquaFusionに転職したという竹内さん(右)。「あと、単純に魚食が好きなんです」

── わあ、すごいバイタリティですね。

それで今ね、実は沖縄の魚の音をいっぱい集めているんですけど。

── 魚の音!?

魚って結構鳴くんですよね。一部、クマノミとか有名なのもあるけど、スズメダイとか、フグなんかもブーブーって鳴く。その鳴く音を集めて、音だけで何が鳴いているか、何匹いるかを推定しようという研究も別で行っているんです。海のことを音で知ろうと。水族館でイルカがショーをするときに、ピューピューとか鳴いたりしているように、彼らも会話をしているんですよ。

── また新たな研究も行っているなんて驚きでした。それにしても、笹倉さんのお話にはイルカがよく登場しますね。

彼らは人間よりも昔から音を使っているから。彼らのほうが遥かに進んでいるんですよ。たぶん、イルカにインタビューをすると、「人間もやっと『AquaMagic』とかいう機械を発明したらしいで」くらいは話をしているだろうと思っていますよ。

── あはは!(笑)。イルカが見ている世界はもっとクリア?

もっともっとクリア! 僕ら人間はイルカのように音を見ていません。聴いているだけ。「音で見る」っていうのは、非常に感覚的にわかりにくいんですけど、魚群探知機は音を"見て"いるんですね。魚群を、または魚体の1匹1匹を。

その点で言えば、イルカは僕らのはるか先を行く大先輩。僕ら人間がイルカにたどり着くには、あと2万年くらいかかるかもしれません(笑)。

笹倉さん

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