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豊かな未来のきっかけを届ける

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33歳IT社長が「知識ゼロ」「漁師の知り合いゼロ」から取り組む漁業のDX

Gyoppy! 編集部

株式会社ライトハウスのメンバー

創業4年目のライトハウスは、ものすごく簡単に言ってしまえば、漁業・水産業を舞台にデジタルトランスフォーメーション(DX=ITによるビジネスの変革のこと)に取り組むITベンチャーだ。

同社の主力サービス「ISANA」は、複数の船で巻き網漁や曳(ひき)網漁に出る船団を主なターゲットに、船同士の情報共有を助けるサービス。従来、船団内のやりとりは音の悪い無線で行われていたため、コミュニケーションロスが多かった。ISANAを使えば、各船に取り付けたデバイスを通じて、魚群探知機やソナーの情報をリアルタイムで共有できる。コミュニケーションロスを防ぎ、漁の効率を劇的に上げることが可能という。

ライトハウスは2017年末の創業以来、ステルスで事業を進めてきたが、ISANAはすでに200船団700隻以上に導入済み。業界内では広く知られる存在になっている。

CEOの新藤克貴さんはこれまで、戦略コンサルタントや共同創業した大学発ベンチャーの役員として活動していたが、一念発起して独立。日産自動車で自動運転技術の研究を行っていた現CTOの松野洋介さん、楽天で新規事業に従事し、個人でも大企業のサプライチェーン再構築などを担った現COOの神戸慎央さんとともに、3人でライトハウスを創業した。

ビジネスや先端テクノロジーには精通した3人だが、もともと海に関する事業をやろうとしていたわけでも、漁村の生まれだったわけでもない。創業するまで、漁師の知り合いはひとりもいなかったという。

そこから、企業理念に掲げる「未知を拓く」精神そのままに水産の世界に分け入り、いまでは船舶の免許を取得するなど、公私の境なく、すっかり海の魅力にハマっているようだ。そんな彼らを漁師の側も受け入れているからこそ、ISANAは今日のように順調に成長しているのだと言えるだろう。

それにしても、「知識ゼロ」「漁師の知り合いゼロ」だった当時28歳、現在33歳のITベンチャー社長は、なぜ水産の課題解決に身を投じることにしたのだろうか。彼らが「自分ゴト」として解決にのめり込む水産の課題とは何か、新藤さんに話を聞いた。

宇宙か、海か。高い「不確実性」に魅了され

新藤さん

── 新藤さんはなぜいまの事業を始めたんですか?

実を言うと、海という事業ドメインを決めるよりも前、もっと言えば会社を作るよりも前に、「未知を拓く」という企業理念を最初に決めたんですよ。僕はそれまで、共同創業した別のベンチャーの役員をしてたんですけど、よりわけのわからない領域、人類にとって未知の領域に対して、答えを出すことがしたいと思うようになって。それで、前の会社の社長にお願いをして辞めさせてもらった経緯がありました。

じゃあ人類にとっての「未知」とはどこかって話なんですけど、いろいろな産業ドメインを調べた結果、最終的にそれは、宇宙か海だろう、と。

── 人類にとって宇宙と同じくらい「わけのわからない」のが海?

はい。なので、宇宙についてもいろいろと調べたんですけど、産業としてはまだこれからだから、挑戦するには少し早すぎるかなと。

一方で海は、日本はそもそも海に囲まれていますから、ほかの国に対してアドバンテージがある。中でも水産業は、世界で34兆円の市場規模があるとされる成長領域です。対照的に国内では衰退産業と言われていて、元気がないのはたしかなんですが、そのギャップにむしろ「解決のしがいがある」と思いました。

── じゃあ、創業メンバーの3人は、誰ひとりとして漁師の息子だったとか、海が大好きだったということではなく?

そうです。結果としていまは3人とも海が大好き、漁師が大好きとなってますが、当時はまったく。そもそも漁師の知り合いはひとりもいなかったですし。

── そんな手掛かりひとつないところから、まず何を?

大学にはどうも水産学部というものがあるらしいぞと聞いたので、水産学部の先生をリストアップして、片っ端からDMを投げました。「ドローンとかAIとか、面白そうな技術はいろいろとあるんですけど、何か使い道はありませんか?」といって。

そうしたら、ありがたいことに数人から返信があったので、現場の課題を聞いたり、漁師さんを紹介してもらったりしました。それからは、紹介してもらった漁師さんの港に泊まり込んで、ニーズを探りながら開発を進めていった感じですね。

── 最初に見つけた課題というのは?

冒頭にお話した「未知を拓く」に近い話なんですけど、不確実性が高い......いや、それどころか高すぎる業界だなと思いました。

── 不確実性が高すぎる?

需要側と供給側の両方が激しく変動していて、マッチングにすごく苦労している業界だな、と。経済状況や景気動向に応じて需要側が変動するのはどの業界でもあることですけど、同時に供給側も大きく変動するのが、水産業の特殊なところ。突然魚がいなくなったり、逆に知らない魚種が増えたり、学者さんがいくら研究してもよくわからないところがあって、予測ができないんです。

さらにそこから派生して、長期トレンドでは魚が減っているのに、一向に魚価が上がらないのも、非常に特殊で。市場経済では基本的に、希少性が高ければ、価格は上がるもの。現状でも魚を食べたい人は世界中にいて、一方で魚は減っているのだから、普通に考えれば、魚価は上がるはず。なのに、そこがあまり上がってないじゃないですか。

── 言われてみれば。なぜでしょう?

パワーバランスの問題だと思います。魚の買い手側である小売や飲食店が結構パワーを持っているのに対して、売り手側は漁協がまず弱いし、各漁業者さんたちがまとまって交渉するということがない。その結果、買い叩かれてしまっているのではないか、と。この問題をどうにかしないといけないと思ったのが、僕らの最初の気づきでしたね。

船長さえも「わからない」無線でのやりとり

ISANAの画面
ISANA公式サイトより

── でも、すぐにその課題を解きには行かずに、ISANA事業を始めるわけですよね?

ゆくゆくは業界自体の構造を適正にすることにも貢献していきたいんですけど、外から来た人間がいきなりそこをやるのは、ものすごく難易度が高いんです。まずは川上にいる漁業者さんたちと仲良くなって、彼らと一緒にやっていく必要があるだろう、と。

なので、最初は完全に漁業者さんだけに絞って価値提供することにしました。なおかつ、僕らとしても最初のビジネスを作らなければならないから、漁業者さんの中でもわりと規模が大きめで、業界内でのインパクトも大きい、巻き網漁や船曳網漁を行う船団の業者さんをターゲットにして。

本当にいろんな人とお会いしましたし、船にも乗せてもらって、実際の操業のオペレーションを見せていただいたりもしたんですが、その中で見つけたのが、僕らが「コミュニケーションの課題」と呼んでいるものでした。

── コミュニケーションの課題?

巻き網漁や船曳網漁の漁業者さんは通常、複数の船で船団を組んで漁に出ます。船団の中には、どこに魚の群れがいるのかを探す専門の「探索船」が何隻かいて、本船の船長は、それぞれの探索船から集められた情報を集約して、どこに網を張るのかを判断する。

でも、この情報のやりとりが実際にはうまくいってないことも多いんですよ。各船の連絡は無線を使って行うんですが、音が割れまくっていて、何を言っているのか僕らにはまったく聞き取れない。素人の僕らが聞き取れないのはまあ当たり前ですけど、「いまのはなんて言っているんですか?」と聞いてみたら、漁師のおじさんも「わからん」って。

── わからないんだ(笑)。

そうなんです。だったら僕らにも手伝えることがありそうだな、と。

そこからヒアリングを重ねていったら、たとえば各船の魚群探知機の反応だったり海の状況だったりを即座に見られれば便利なのに、というニーズがあることがわかってきました。

── なるほど。それがのちのISANAへとつながっていくわけですね。じゃあ、ISANAのアイデアを話すと、漁師さんたちの反応は最初から上々だった?

「これだったら金払うよ」と結構スパッと言ってくれましたね。そもそもIT系の知見を持っている人が周りにいないから、単純に珍しがられて、めちゃくちゃ可愛がってもらえたというのもありましたし。

── 漁師さんって難しい人が多くて、スーツの若い人が来てもなかなか受け入れてくれなさそうと思ってたんですが、実際にはそういうことはなく?

漁師さんって見た目は怖いけど、話すとピュアないい人が多いんですよ。

最初に会ったのは長崎の漁師さんだったんですけど、まだプロトタイプもろくに動かない段階だったのに、「魚探やソナーの情報を共有する」というアイデアを話したら、その場で「知り合いのシンポジウムに出してもらえるように頼んでやる」って電話で話をつけてくれて。

── 優しい。

どの港にも大抵、ものすごく顔の広い漁師さんがひとりはいるんですけど、そういう人にまず使ってもらって価値を感じてもらえると、すぐに友達の漁師さんを紹介してくれる。そうすると、初対面でも「よく来たな。魚、食うか」とか言って、ものすごく歓迎してくれるんです。そんな調子で紹介紹介でいろんな漁師さんと会えたので、本当に初対面、情報ゼロというケースはそんなに多くなかったですね。

とはいえ、スーツで行ってたらたぶんダメだったと思います(笑)。「ITだ」「DXだ」って言ってたら、それは嫌がられますよ。同じものを提案するのでも「漁撈(ぎょろう)機器の新しいやつ、作ってみました」くらいの感じで行くと、案外すんなり使ってくれるんですよね。

資源保護への寄与をあえて打ち出さない理由

株式会社ライトハウスのメンバー

── すでに200以上の船団で使われているそうですけど、ブレークしたポイントはなんだったんですか?

やっぱり一番多いのは、ISANAを使い始めて売上が上がったという人。あとは、燃料代を抑えられる点にメリットを感じてくれている人もいます。

これまでの漁って、仲間がすでに探索したエリアに、1時間後にまた別の船が行ってしまうといったロスも多かったんです。でも、ISANAを使えば、各船がどこを探したかの履歴がすべて見られるから、魚を見つけるまでの時間と走行距離が減って、その結果、燃料代も下がる。

ほかに、すべての操業の記録が残るから、そのデータをもとに漁の振り返りをしたり、息子さんに渡すことで後継者育成に活かしたりという人もいらっしゃいます。

── 現状はリアルタイムで情報を共有することで判断の精度を上げる手助けをしているわけですけど、今後データが蓄積していけば、そこにAIを噛ませることで、判断自体を自動化することも?

そこまでいけたらいいなとは思ってます。でも、現状で僕らが考えているのは、どちらかといえば、資源管理や資源保護につなげる方向性で。

── どういうことですか?

「どの船が」「どんな魚を」「どこの海域で」「どれくらい獲ったか」って、これまではわからなかったんですよ。なぜってデータがなかったから。市場ごとの水揚げのデータはありますけど、それも海域ごとじゃないので。

── 海洋日誌みたいなものがあるのかと思ってました。

ああ、手書きの日記はたしかにありますけど、それも電子化されていないから、分析には使えない。ISANAはそういうものをすごく簡単に記録できる仕組みも一緒に提供しているので、この記録を使って水揚げから最終消費地に到着するまでの漁獲・流通データを確認できるトレーサビリティシステムを他社と共同開発しました。

さらに、将来的にはこれをベースに、水産庁が進める「漁獲報告の電子化」政策に寄与するとか、関係団体と連携して資源を評価したり、いまどれくらい魚を獲っていいのかを分析できたりする仕組みなんかも作っていきたいと考えています。

ただ、現状はこの機能をあまり表立って押し出すことはしていなくてですね。

── えっ、どうしてですか? せっかくいいことをやってるのに。

漁獲の記録とか資源保護という形で商品を売り出しても、買ってもらえないから。「それでどう儲かるの?」って話になるじゃないですか(苦笑)。

なので、現状メインとして押し出すのは、あくまで操業を効率化する仕組みとしてのISANA。その裏側ではこういうデータも取れていますよ、という見せ方にしています。

── そうか。頭から資源保護を押し出すと、魚を獲って生計を立てたい漁師から拒絶されてしまう恐れがあるのか。

そうなんです。先ほどお話ししたような資源管理や資源保護にデータを活用する構想も、当然ですが、漁師さんとの合意が大前提になるので。

でも、日々漁師さんと話をしていると、自然と「こういうデータが取れているね」という話にもなるじゃないですか。そのタイミングで資源保護の話をすると、最初はいい顔をしなかった人でも、「実際に魚は減っているわけで、こういうものを使ってなんとかしないといけないよね」みたいな話をしたりもするんですよね。

なので僕らとしても「もしかしたら本当に意識変革にまでつなげられるのかも」と希望を感じながら、日々やっているところがあります。

ISANAを使う漁師さんのインタビュームービー
ISANA公式サイトでは漁師さんのインタビューを行っている

データとつながりを武器に「不確実性」と戦う

── お話を伺っていると、新藤さんたちが漁師のコミュニティにちゃんと入り込もうとしていることが伝わってきますね。その上でなんですけど、冒頭にお話されていた、水産業が抱えた「不確実性」の問題。この解決にどうつなげていこうと考えていますか?

超長期的な視点だと「全世界で資源管理をして、魚を育てて獲っていきましょう」って話になるんですけど、そこまではまだ遠い。僕らもデータをとっていて、いつかは答えが出るものだと思ってはいるけれど、魚という資源の変動のメカニズムについては、まだしばらくは答えは見つからないと思います。

そうだとすれば、資源の変動はあるものとして考えなければならない。より不確実性に対応できる仕組みを国全体として作らなくてはならないと思っています。

現状、漁業者さんは国の規制によって漁ができる海域が決まっていて、そこを出て漁はできないことになっています。ということは、どれだけがんばって技術を磨いてきていたとしても、ある日突然、海区から魚がいなくなったら、途端に食えなくなって、廃業する以外にないわけです。これってあまりに不条理ですよね?

── おっしゃる通りですね。

そんな中でも無理やり生計を立てようとして漁に出ると、余計に魚が減ることにもつながってしまう。ですから、もっと柔軟に、魚のいるところに人や船を配備できる仕組みが必要じゃないかと思うんですよ。

── 僕らが取材していても、漁師のなり手が不足しているという話がある一方で、すごく稼いでいるところは人が余っていて、「これ以上増えたら困る」という声さえ聞きます。船も然りで、「作るのに金がかかるから困る」と言っているところもあれば、逆に余っている漁村もある。

うちも一部、中古販売を手伝ったりもしてるんですが、本当にもったいないなと感じることは多いです。港々の不確実性や資源変動に対応して、柔軟に漁業ができるとか、協力し合うことができれば、本当は解決できる問題がたくさんあるはずで。

でも、そのためにはまず、そもそも魚がどこまでいなくなっているのかとか、どこに潤沢にいるのかというデータが必要だし、業者同士の協力も必要です。

── 現状はその両方が足りていないということですよね。

そうなんです。そこの協力体制があると、冒頭にお話したように、魚価を上げるための交渉力を持つことだってできますし。「魚を食べたい」って人は山ほどいるんですから。売り手の力が上がれば、価格は上がるし、いまより儲かるはずなんですよ。

「不確実性に対して柔軟性を担保する」というのは国レベルの話なので、もちろん僕ら一社では絶対にできないこと。いろいろな方とパートナーシップを組んで、チームとして課題解決していかないといけない。だから、水産業に関わるさまざまなプレーヤーとガンガン提携していきたいと思っています。

その際、僕らの強みは、データを収集する仕組みとともに、全国の漁師さんをつなぐネットワークを持っていること。それを元にいろいろなプレーヤーと提携できれば、この業界が抱える「不確実性」に対して、やれることはまだまだあると思っているんです。

株式会社ライトハウスのメンバー

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