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豊かな未来のきっかけを届ける

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「100年前から、資源管理をやってたよ」東京湾のスズキ漁師が受け継ぐ祖父の言葉

Gyoppy! 編集部

海に泳いでいる魚は、今自分が市場でキロいくらしているのかしらない。

網を広げて向きさえ良ければ、そこにいるだけみんな網に入ってしまう。

だからどれだけ獲ればいいかはその漁師の知恵に任せるしかない。

いい漁師ってのはな、いかに少なく獲ってそれを稼ぎにしていくのが上手いやつのことだ。

これは、今回お話を聞いた千葉県船橋市のスズキ漁師、大野和彦さんの祖父の言葉だ。

船橋市の地図

現在、日本の漁獲量は減る一方。

1984年の最高値1,282万トンから下がり続けている漁業・養殖業の生産量は、2017年には430万4千トンと、3分の1程度になっている。

マグロや、絶滅危惧種に指定されたニホンウナギも資源管理が必要とされていることは、昨今メディアでも数多く報道され、うわさを聞いたことがある人も多いのではないだろうか。

大野さんの画像

大野さんが営む海光物産は2018年、「マリン・エコラベル・ジャパン(MELジャパン)」の認証を取得した。「MEL」とは、持続可能な水産資源の利用を促進し、海にやさしい漁業を支援する制度だ。

そもそも世界では魚や海洋資源の管理は、日本よりも進んでいる。

実際にロンドンやリオの五輪では、選手の料理には資源管理された魚の調達が優先され、環境負荷の高い海洋資源の使用は禁じられた。

そんな中、海光物産がMELを取得したのは、2020年の東京五輪に魚を提供したいから(取材・制作は2018年に行いました)

大野さんの祖父が船を率いた100年前から、資源管理の考えを持って漁を行ってきた海光物産は、なぜ東京五輪を目指しているのか。

実は、東京湾は首都圏型・都会型の漁場として、世界に誇れる存在

東京五輪をきっかけに、僕たちふつうの消費者はどう変わればいいのか。大野さんの見解を聞く。

大野さんの漁船の画像

東京五輪を目指す意味

── 大野さんが東京五輪に魚を提供したいと思ったきっかけは、なんでしょう。

大野:
子どもの頃、1964年の東京五輪を見て、「大人になったら僕も出たい」と思っていたことが大きいです。一生懸命、陸上をがんばったけれど、五輪レベルじゃないなってあるとき気付きました(笑)。ならば、家業である魚で参加したいなと考えたんです。

五輪をきっかけに「江戸前ブランドの魚はこんなにおいしいんだ」とアピールしたい。国内に向けても、五輪に出すことができたら「これがサスティナブルなんだ!」という成功事例として知ってもらえる。

大それたことを言うわけじゃないですけど、衰退する漁業を成長産業に転換させるための足がかりになったらいいなということで取り組んでおります。

大漁のスズキの画像
大漁のスズキ

── 東京五輪に、公式に魚を出すことは簡単なことではないですよね。

大野:
そうですね。最初のきっかけは、今はMSC(※1)の日本事務所で働いている鈴木さんです。もともとは卸業者にいた人で、ややこしいんだけど、うちのスズキを、鈴木さんが売ってくれていたんです(笑)。

(※1 MSC=通称「海のエコラベル」。管理された持続可能な漁業システムで獲られた、天然のシーフードに対する世界的な認証。海光物産が取得したMELは「日本版MSC」とも呼ばれている)

── なるほど(笑)。

インタビューを受ける大野さんの画像

大野:
「江戸前の魚の魅力を世界に発信したい!」「五輪に魚を出したい!」と、漠然と話していたら、鈴木さんがMSCのことを教えてくれました。

五輪に魚を出すには、環境資源に配慮されているかどうか、厳格に基準が決まっているんだということを、そのときに初めて知ったんです。

今までは環境のことといえば、海の水質だったり、公害だったり、市場の環境がどうかということくらいしか考えたことがありませんでした。それまで漁獲一辺倒でやってきたわれわれとしては、そういう概念さえ、出合ったことがなかった。

五輪を契機に鈴木さんを通して資源管理のことを知れたのは、そういう運命だったんだと思っています。それまでは好きな四字熟語は「一攫千金」だったんですけど、これをきっかけに、「資源管理」になりました(笑)。

インタビューを受ける大野さんの画像

祖父の言葉と、埋立地としての東京湾の歴史

── 大野さんが資源管理を意識したのは、どういったきっかけがあったのでしょうか。

大野:
祖父の言葉があったからです。

私は、祖父から漁業に関することを、いろいろとたたき込まれました。その中でも強く言われていたのが「いい漁師は、いかに少なく獲って、それをやりくりするかなんだ」ということです。

当時は「資源管理」なんてカッコいい言葉はありませんでした。それでも「魚を獲りゃいいってもんじゃないんだぞ」っていう考えが、祖父の中にはあったんです。今思い返してみると、祖父が漁師をやっていた100年前からうちは資源管理の精神を持っていたということなんだなぁと思います。

祖父の言葉を思い出す大野さん

── 東京湾では、魚が獲れなくなってきているんですよね。

大野:
そもそも東京湾には埋め立て地としての歴史があります。高度経済成長期の埋め立てや、東京に通勤する方々の住宅立地や羽田空港の滑走路の埋め立てです。そういった経緯もあって、われわれの操業する場所が狭められてしまったんです

ここで漁業ができるのかっていうくらいに締め付けられた海、それが東京湾です。祖父の時代には、小さな船ですけれども、たくさんの漁師がいました。ところが今は、大幅に船が減っていっています。

そもそも日本の首都である大都会の東京の海で、今もまだ漁業をしていることって、世界的に見ても奇跡だと思うんですよね。

── 奇跡ですか。

大野:
毎朝、船橋の海を見ながら通勤するんですけど、大量のタンカーが行き交っていて、自分でも「本当にあんな中で漁をしているのか?」と思うくらいです。

あの中で漁をしているのは、本当に奇跡に近い。だからこそ、その中で資源管理をしていくことは、世界的にすごくいいモデルケースになるはずなんです。

世界に誇れる東京湾に

船橋の漁港から見える景色
船橋の漁港から見える景色。眼前に商業施設が立ち並ぶ

── 当時と比べて東京湾はどんなふうに変わったんでしょうか?

大野:
祖父のころの東京湾は、マコガレイやイシガレイ、シャコなど、底生生物(水底に生息する生物)をとにかくたくさん水揚げしていたと聞いています。ただ、イシガレイやシャコは2015年の値を見ると、ほぼ0に等しい。

これでは漁師が生きていけないので、私ども漁師は、安定的に量のあるスズキ類の水揚げに頼ったんです。スズキでみんな、なんとか生活を維持してるような状況なんです。

でもなかには、産卵期のスズキを獲っている船もいて。今の時期(取材時点の6月)だったら、スズキはキロ2000~3000円しますけど、産卵期のスズキは栄養が卵にとられて、身は痩せて100~200円くらいにしかなりません。だから、こんな馬鹿げたことをしていてはいけない、と言いたいんです。

無尽蔵に資源があって、獲っても獲っても獲りきれないくらい魚がいるならそれでもいいかもしれないけれど、そうじゃない。資源には限りがあります。そんな中で、ここ5年10年くらいの水揚げ量を見ていて、今度こそ本当に、東京湾がダメになってしまうんじゃないかって思ったんですね。

船橋の漁港に並ぶ漁船

── どうしたらそんな東京湾を守れるんでしょうか?

大野:
東京はもちろん、千葉・神奈川が東京湾の資源管理をどれだけ意識できるか、もっと世界に名をはせる東京湾にできるかに目を向けるしかないと思います。

私たちが携わっているのは漁業ですけども、私たちだけじゃダメだと思うんです。東京湾の漁業を守るためには、観光も工業も、みんなが手を組まない限りよくしていくことはできないですよ。

世界の大都市である東京にある以上、インフラの整備は必要不可欠です。たとえばアクアラインをつくっただけでも、経済効果は計り知れません。もちろん、そこは無視できない。

でも、だからこそ、そこでモデルケースとしての東京湾を発信できれば、世界中に同じような首都圏型・都会型の漁業を広めていけるはずだと思っています。

── 先々代である祖父から伝えられたことを、今後も続けて広めていきたいんですね。

大野:
そうですね。祖父が礎をつくってくれました。一回、東京湾がダメになりかけて、でも獲る魚を工夫して、なんとか生き延びてきた。そうやってこれからも、次の100年に向けて、持続可能な漁業のために資源管理をしていかなければなりません。安いから多く獲るのではなく、安いからこそ相場が回復するまではじっと待つ。いくら獲ったって稼げなかったら意味がないし、資源は枯渇する一方になってしまいます。

持続可能な漁業を説明する大野さん

消費者の意識レベルを変えなければいけない。

── 現状を変えていくためには実際、何が必要なんでしょうか?

大野:
水産資源は、日本の共有財産であるという認識を強く持つことだと思います。押し付けるわけではないのですが、漁業関係者だけでなくて、消費者、つまり魚を食べてくれるみなさんの意識レベルを変えていく、というのが一番大切になってくると思います。消費者は「安いから買う」ではなく、資源管理をしている漁業者の魚を選ぶとか、トレーサビリティ(※2)を確保していない魚を買わないとか、そういう意識を持ってもらうことが大切です。なぜなら自分たちの財産分与の話ですから。

(※2 トレーサビリティ=加工や製造、流通の過程を明確にすること。またはその仕組み)

── 僕らがそういった消費者になるためには、まず何を始めたらいいでしょう。

大野:
そこはわれわれ、漁業関係者側の課題でもあります。今はスーパーの魚を見ても、誰がどこでどういう漁法で獲りましたということが、明確に表示されていないですよね。それができたら、消費者だって「この魚だったら買ってもいいな」と安心できるはずなんです。まずは、そんな仕組みをつくらなければと思います。

築地(当時)に入ってくる魚も、無報告・無規制の魚の割合は少なくないようなんですね。だから、今回の豊洲移転で「豊洲ではトレーサビリティを確保していない魚は扱いません!」くらいになってくれたらいいなと考えています。

魚を卸す側がそれくらいのことをしていけば、消費者も自ずとしっかりしたものしか手に取らなくなりますよね。そうやって消費者の視点が変わっていけば、スーパーの売り場や飲食店も変わっていくし、漁業者も変わっていきます。そのためにはまず、行政、漁業関係者、消費者が、三位一体になることが大切なんです。

船橋の漁港に係留される漁船

── 仕組みをつくれば、消費者が変わっていく道筋ができるというわけですね。

大野:
そうですね。消費者が変わっていくことによって、売る側も考えなきゃいけなくなります。たとえばウナギはこれだけ絶滅が危惧されていると言われているのに、買う人がいるから、獲るし、スーパーが品ぞろえする。

そういったことに対して、ノーと言える社会にならないと、資源は本当に枯渇していく一方なんです。みんな、日本の食卓において一番身近な魚が食べられなくなる危機感を持っていないんですよ。

消費者は、売っているから買うんです。ただ、絶滅危惧種の魚がふつうに売っていること自体に疑問を持てる社会になっていったらいいなあと思うし、私たちも、そのきっかけのひとつになりたいと考えています。

笑顔の大野さん
  • 写真八木 咲

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