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アラブの王族に、すしを握った男が提言。「伝える努力」で日本の魚はもっと高く売れる

Gyoppy! 編集部

店の前に笑顔で立つ手塚さんの写真

世界を知るすし職人の目に、日本漁業の「いま」はどう映っているのか──。そんな疑問を携えて、今回は東京・大森海岸にある、100年続く江戸前ずしの老舗・松乃鮨(ずし)さんにお邪魔しました。

松乃鮨の店内の写真
通されたのは、金びょうぶと掛け軸で飾られ、鹿威しのパッコーンという音が鳴る、いかにもなお座敷。どんな強面の職人さんが出てくるのかと内心、戦々恐々としていると「いやー、お待たせしちゃってすいません」と爽やかな声が。

松乃鮨の四代目・手塚良則さん。「YOSHIって呼んでください」と、こちらが拍子抜けするフランクさで迎えてくれました。

笑顔で話す手塚さんの写真
国内外から訪れる舌の肥えたお客さんをうならせる手塚さん。それだけでなく、外国人向けに築地市場を見学して回るツアーを主催していたり、逆にフットワーク軽く海外に出向き、ニューヨークやオーロラの下、豪華客船の船上と、文字通り世界中を駆け回ってすしを握っていたり。アラブの王族相手にすしを握ったこともあるという国際派なのです。

そんな手塚さんに漁業の現状について意見を求めると、開口一番、「もったいない」との答え。その真意はどこにあるのでしょうか。

一貫のすしには3つのプロの仕事が詰まってる

刺し身を切る手塚さんの写真

── すし職人の目から見て、日本漁業のどこが「もったいない」と思えるんですか?

日本の魚文化って、世界に誇れるものだと思うんですよ。でも、現状はそれを十分に伝えられていない。だから「もったいないな」って思うんです。本当はもっと、伝えられるものがあるはずなんです。

ビーフもチキンもポークも、基本的には管理されたところで飼育されています。天然を相手にしているのは、唯一魚だけ。それゆえに季節感があるし、自然の影響も大きい。

なおかつこれは、世界広しと言えども、日本にしかない価値なんですよ。日本には昔から魚を生で食べる文化があったから、それを意識して、流通工程がきめ細かく管理されている。そこには、3つのプロの仕事が関わっています。

── 3つのプロ、ですか。

はい。まず、漁師さんという、魚を「獲るプロ」です。

例えば同じマグロでも、時期によって獲れる場所が違います。いまの時期(取材は2018年5月)、うちで使っているのは三陸塩釜、和歌山、宮崎油津のマグロです。これがもう少し季節が進むと、マグロは沖縄へと南下します。そこで産卵していったん痩せ、サンマが出る時期になるとそれを追って北上し、パクパク食べて筋肉質になる。

その後、スルメイカが出るとそれを追ってさらに北上、この頃になるとだいぶ脂が乗ってきます。それが津軽海峡を通ろうとすると、海流にもまれて身が締まる。そこを釣り上げるから、津軽海峡のマグロはすごくいいとされるんです。

── なるほど。

僕は年に1回、大間のマグロ漁船に乗せてもらっているんですが、大間のマグロ漁は、日帰りの一本釣りです。一方、沖縄の船にも乗せてもらったことがありますが、こちらは船の上で1週間くらいのんびり待つんです。

その土地でどうやったら魚が釣れるか、その時期その時期でどの魚がいいかは、漁師さんだけが知っています。それが、漁師さんが「獲るプロ」と呼ばれるゆえんです。ただし、獲ったマグロの質までは、漁師さんにはわからないんですよ。

── すると、それを判断するのが第2のプロ?

そう。魚の質を判断する「見るプロ」は築地の仲買さんです。

ご存じのように、築地は日本中からいい魚が集まる、世界で一番大きなマーケットです。そこで彼らが質を判断して、値段を決めるんです。市場に並んでいるマグロを見ると、尻尾のところが切ってあるんですね。仲買さんはそこを触るだけで、微妙な温度変化や身の柔らかさから、マグロの質がわかります。

尻尾を切られて、市場に並んでいるマグロの写真
築地市場に並ぶマグロ
このマグロは通常、4つに解体されるのですが、まず、置かれたときの上の身と下の身で値段が違います。下の身には200キロの重さがかかる分、身崩れを起こすからです。だから、すし屋としては、できれば上を取りたい。

さらに、上の身も腹側と背側とに分かれます。背側は筋が強いので、中トロくらいしかありません。そのため、高級すし屋が取るのは腹側のトロの部分、なおかつトロがより多い、頭に近い部分だけを取る。だから値段が高くなるんです。

マグロの部位の説明をする手塚さんの写真
── 200キロのマグロの、たった一部分だけなんてぜいたくですね。

でも、いくらぜいたくな部分を仕入れたとしても、適切に調理しないと意味がありません。たとえば一本釣りで釣られたマグロは、釣られまいとがんばった分、筋肉がこわばっているので、ある程度寝かせた方がうまい場合が多いです。僕らすし職人は、マグロの表面を見れば、どれくらい寝かせたら食べごろかがわかります。釣りか定置網かでもどれくらい寝かせればいいかは違いますし、産地、さらに言えばどの漁師さんが獲ったかでも、身質は変わってきます。

このマグロをどうやって切ったらうまいか、食べごろはいつか、どれくらいの熟成が必要かは、築地の仲買さんでもわかりません。つまり、魚を一番おいしい状態で食べるための第3のプロが、僕らすし職人というわけです。

このように、魚を一番おいしい状態で食べる人の口に届けるべく、それぞれのセクションで、それぞれのプロフェッショナルがきめ細かな仕事をし、それをつなげているのが日本の漁業です。これは先ほども言ったように、魚を生で食べる文化のある日本にしかない、世界に誇るべき素晴らしい文化だと思います。

にもかかわらず、ほかならぬ日本人がその価値を理解していないのが現状です。だから「もったいない」と言っているんです。

ひとり分の食事スペースで日本文化を伝えられる強み

すしを握る手塚さんの写真

── 手塚さんは外国人向けの築地ツアーや、すし握りの体験指導、他にも企業研修や大学での講義など、幅広い活動をされていますね。それも、こうした魚文化を伝えるため?

そうです。こうした活動は、すしそのものというより、すしを通じて日本文化を伝えるつもりでやっています。切り方や熟成の仕方ひとつで、すしの味が変わること、さらには僕たちすし職人だけじゃなく、先ほど言ったようなさまざまな人の思いや仕事が、すし一貫に込められていることを伝えています。単なる「フィッシュ・オン・ザ・ライス」じゃないってことですね。

── どうしてそこまでやっているんですか? 言葉を選ばずに言えば、そんなことせずとも、おすし屋さんはやっていけるわけじゃないですか。

だって、漁師さんの仕事って本当に大変なんですよ。

大きく揺れる漁船に初めて乗せてもらったとき、僕はすぐそこの柱までの距離ですら、まともに歩けませんでした。頭よりも高い位置からバンバン水を浴びることになるし、本当に命懸けなんです。まあ、漁師さんたち自身はそんな環境でも、「おにぎり食うか?」とか言って平然としてるんですけど(笑)。

でも、そんな命懸けの苦労までして獲った一匹だと知ったら、粗末にはできないじゃないですか。築地に行って「このマグロ、イケてねえなあ」とかあまり考えずに言っていた、それまでの自分が恥ずかしかったです。

手塚さんの顔写真
── 自分の目で見てきた漁師さんの仕事の素晴らしさを、代わりに伝えたいという思いがあるんですね。

日本の漁師さんって、本当にものすごく努力していて、いろんなことを考えて魚を獲っているんです。

漁の仕方が地域ごとに違うのには、地形だったり歴史的背景だったり、ちゃんと理由があるんです。例えば、富山湾でノドグロのような魚が獲れるのは、近海でもいきなり深くなる地形だから。そういった地域の特徴があるから、漁師さんもそれに最適な獲り方をしているってことです。

(※ノドグロ=高級魚として知られる。関東でも獲られているアカムツと同じ種類の魚だが、日本海側ではノドグロと呼ばれることが多い)

ということは、このすし一貫を通して、背景にある文化や歴史、地理といったものを透かして見ることができるんですよ。これっておもしろいと思いませんか?

マグロのすしの写真
── 確かに! そう考えると、おすしの楽しみ方もぐっと広がりますね。

しかも、そのきめ細やかさが海外のそれとは段違いなんですよ。

例えば海藻なんて、海外に行けばすべて「seaweed」で一緒くたにされてしまいます。ところが京都の料亭では、昆布ひとつとっても「日高なの? 羅臼なの? 利尻なの?」って、どこで採れたものなのか、だしに使うのか、つくだ煮など加工用に使うのかといった会話が、日常的に繰り広げられている。

海苔だってそうです。産地によってそれぞれ特徴があり、千葉産のは厚くてうま味があるけれど、佐賀は歯切れがある。愛知のはその両方の特徴を併せ持っています。なので、うちは海苔だけでも3、4種類使っていますし、カウンターとお座敷でも使い分けています。

僕ら職人は、流通工程の最後の部分で、お客様とじかに接する仕事です。その僕らが責任を持って、こうした日本の文化を世界に伝えなければならないと思っているんです。

── 「すしを通じて日本文化を伝える」というのは、直接お客様と関わるという責任感・使命感があるからなんですね。

はい。しかも、そうやって考えていくと、すしには他の和食にはない強みがあることに気付きます。それは「世界中のどこでも握れる」ことです。同じ和食でも、天ぷらのように火を使わないし、そばのようにゆでる必要もない。質のいい魚と米、そしてひとり分の食事スペースさえあれば、日本文化を伝えることができるんです。

僕はその強みを生かして、これまでにもオーロラの下や雪の上、求められればコンサートの楽屋まで行って握ってきました。

海外ですしを握る手塚さんの写真 オーロラの下ですしを握る手塚さんの写真
── いま「どこでも握れる」というお話がありましたが、海外でも日本と同じクオリティーで握れるのはなぜですか? 魚は鮮度が命というイメージがありますが。

僕はいま、もともとは臓器移植に使われていた高性能の保冷機を、魚を運ぶのに使わせてもらっていて。これを使うと72時間、魚を同じ温度にキープできるんです。なので、今朝築地で仕入れた魚を処理した上でボックスに入れておけば、夜に飛行機で飛んで翌朝ニューヨークで握っても、クオリティーはほとんど変わらずにお出しできます。

もちろん厳密に言えば、飛行機の気圧によって身質は少し変わります。おっしゃる通り、魚というのはとてもセンシティブなので。それは普通の人にはわからない程度の変化ですが、僕らは毎日、魚を切っているので、その変化に気付きます。

ただ、変わったなら変わったなりの握り方、調理の仕方があります。僕らは魚を熟知している分、いろんな方法でお客様を満足させることができます。時間によって負ける部分は、知識さえあればカバーできますから。

伝えればもうかる、伝えなければ廃れるのが文化。さあどっちを選ぶ?

すしを盛り付ける手塚さんの写真

── お客様と接する仕事として、日本文化を伝えることに、使命を感じているというお話でしたが、流通工程の上流にいる漁師さんや仲買さんにも「伝える努力」は必要だと思いますか?

これはあくまで個人的な意見ですが、僕らの世代は今後、発信というのがすごく重要になってくる。これは案外シンプルな話で、価値をちゃんと伝えたら、魚ってもっと高く売れると思うんです。

世界を見てみると、例えば、ニューヨークだとお任せの握りをひとり7万円、シンガポールにもひとり5万円で出すお店があります。うちの場合は、同じだけ握っても1.5万~2.5万円。これはもちろん日本においては高い部類ですけど、世界のハイエンドで言ったら、まだまだ上があるってことです。

つまり、世界の人は日本のおすし、あるいは魚というものに対して、もっと払う価値があると判断してくれているんです。なので、もっと発信すれば、日本の魚は世界で高く売れると思います。

── 文化を伝えることの意義にはなかなか理解しづらいところもありますが、単純にもうかるっていうのはわかりやすいメッセージかもしれませんね。

僕はソムリエの資格も持っていて、洋食のサーブをやったことがあるんですけど、洋食の場合、もうありとあらゆる説明をするじゃないですか。「このホタテは今朝、北海道から直送させたものです」から始まり、「食べやすいように包丁が入れてあり、箸を入れると殿方は4つに、奥さまは6つに分かれます」「貝ひもは出汁をとってスープにしました」......って、もうしつこいくらいに。

一方、日本の懐石料理の場合は一切しゃべらないんですよ。語らないのがいいとされるのが日本の文化だから。わかる人だけわかってくれればいい、という感じ。でも、それはやっぱり、サーブを受ける側にも知識や経験があることが前提ですよね。実際、僕だって話してくれなければわからない部分だって多いのに。

たとえばうちのお茶、静岡の契約農家さんにつくってもらってるんですよ。そこは家族経営なんですけど、日当たりのいい場所の茶葉だけ、しかも初摘みからすぐの爽やかな段階で摘んでくれているんです。それをわざわざ粉にしてもらって、うちでは出している。

ということを伝えると、このお茶の価値って上がってくるじゃないですか。それを何も言わなかったら「うまいお茶だね」で終わっちゃうと思うんです。だから、伝えることがいかに大事かってことですね。

手塚さんの胸元の写真
── 職人さんなどの専門家って、自分たちとしては当たり前のことをやっているだけだから、扱っている情報に価値があることに気付きにくいと思うんです。手塚さんご自身が「伝えること」に自覚的になったのには何かきっかけがあったんですか?

僕がまだ学生だったとき、外国の友人が来日するというので、どこを案内したらいいかと考える機会がありました。それで築地市場に連れていったんですけど、そこで今日みなさんにしたようなマニアックな魚の話をしたら、とても喜んでくれたんです。

「伝えること」の価値に初めて気付いたのは、そのときだったような気がします。僕らプロからすると当たり前に思えるようなことが、普通の人からするとすごくおもしろく聞こえるんだな、価値があるんだなって。

── マニアックな世界ほど一般の人が立ち入るのは難しいけれど、そのぶん未知のおもしろさにあふれている。こうやっていろいろな分野の専門家の方に取材していると、本当に実感するところです。では最後に、手塚さんご自身が今後力を入れていきたい活動はありますか?

文化って、伝わると喜ばれる、しっかりとした対価をいただけるってだけじゃなくて、逆に伝えないと廃れてしまうものだとも思うんです。特に次の世代の子どもたちにそれを伝えていかないと、魚を食べること自体なくなっちゃうんじゃないかという危機感があります。だから食育の分野は、採算を度外視してでも力を入れていきたいですね。

今後、日本の経済力は下がっていくかもしれませんが、文化の力ってすごくポテンシャルがある。そういった意味では、食文化っていうのは日本が世界に誇れる文化のひとつ。僕らすし屋だけじゃなく、天ぷら屋は天ぷら屋で、そば屋はそば屋で、どれだけ深く掘り下げて、その知識を伝えられるかが重要だと思います。

僕らが扱っているのは、ただの料理じゃない。文化、なんです。


文・取材/すずきあつお
写真/八木咲

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魚介類のおいしさに気づき、それは食べられなくなるかもしれないと知ることが、海の豊かさを守ることにつながります。

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