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技術とロジックで常識を覆す!「音響カーテン」から始まる養殖マグロ革命

Gyoppy! 編集部

少年のような目でキラキラと未来を語る濱野明さん

「私が伝えたいのは、我々がこの技術で、今までの常識を覆したってこと」

「我々の使命は、次の世代に道筋を示していくことなんです」

少年のような目でキラキラと未来を語るのは、濱野明さん。

音響カーテンを説明する濱野明さん

マグロ養殖界に技術でイノベーションを起こすことを目指す団体「ACMSコンソーシアム」の代表です。水産業者や精密機械業者などが集まり、2017年に結成されました。

今回、取材した技術は「音響カーテン」と呼ばれる養殖マグロの尾数を計測するシステム。

養殖マグロ業者の抱えるエサ代は、年間、なんと数十億円。「音響カーテン」があれば、そのうちの無駄なコストを大きく抑えることができるそうです。

生け簀(いけす)の中に音波のカーテンを設置し、そこを通ったマグロを感知して数を数えるというのですが......いったい、どんな仕組みなのでしょうか。

めちゃくちゃ元気で熱いおじさん、濱野さんが起こす養殖マグロ革命。革命前夜の様子を、下関でうかがってきました。

「マグロ養殖のイノベーション」のタイトルが映されたPC画面

養殖業の常識を覆す

── 濱野さんは「音響カーテン」と呼ばれるマグロ養殖に必要な仕組みをつくっていると......。どんな仕組みなんでしょうか?

生け簀の中にいるマグロの数を、正確に数えるシステムです。しかしまあ、技術的なお話は置いておきましょう。

── えっ。置いておくんですか?

ええ。私が一番に知っていただきたいのは、我々がこの技術で、今までの常識を覆したってことですから。尾数計測が正確になれば、マグロ養殖も変わるんです。

── 生け簀のマグロの数を正確に数えることは、難しかったんでしょうか?

そう。これまでは、ね。今までマグロの尾数計測には、生け簀に入れる稚魚の段階で、ある程度数をカウントして、そこから死んだ数を引いて数える方法が取られてきました。マグロは表皮が極めて弱いという生物的特性があるため、一度生け簀に入れると、出荷するまでの3年間、いっさい手で触れることができません。だから、この方法を選ぶしかなかったんです。

── いっさい手で触れることができない......。マグロの養殖ってめちゃくちゃハードルが高いんですね。

そう。しかも死んだ数の計測は、毎日やっているわけではありませんし、死んだあとに生け簀の底に沈んでいる個体については、外からわからない場合が多い。従って、どうしても経験と勘によって、数を見積もることになるんです。

「水中カメラによる尾数の測定」という資料が映されたPC画面

── なるほど......その場合、どのような問題が起きているんでしょうか。

実際の数よりも多く想定してしまうので、エサをやり過ぎてしまうんです。マグロ養殖業者が負担する運営に必要な経費は、その6~7割がエサ代です。

── そんなに!?

驚きますよね。それなのに、今までは正確な数を把握できていなかった。つまり、無駄なエサ代が経営を圧迫していたんです。エサ代だけで、1年に数十億円とかかるわけですから。

── 数十億......すごい......。

エサには生のサバなどを使うので、高くつくんです。それにエサのやり過ぎは、エサとなる魚の獲りすぎにもつながります。でも、もう大丈夫。我々の開発した音響カーテンがあれば、無駄なコストを減らせるだけでなく、マグロ養殖業全体の発展にも大きな一歩となるはずです。

── 全体の発展に。どういうことなのでしょうか。

先ほども言ったように、今までの尾数計測は、現場で培ってきた経験と勘によって行われてきました。これはつまり、コストの算定が曖昧になるということ。一般のビジネス分野では認められないですよね。

たとえば、ある会社の水産部が、数十億というエサ代を本部へ請求するのに、正確な数字に基づいてプレゼンできなければ、許可は下りないわけです。

あらゆるビジネスが正確さを求める中で、水産業は遅れをとっている。そんな状況を、なんとか食い止めなければならないんです。

── コストを管理しなければ、価格にも響きますよね。

労働賃金の安い中国や東南アジアの国々が安いマグロをどんどん輸出したら、日本の業者はお手上げでしょうね。

日本の水産業を立て直す鍵は、いかに日本の安全・安心な養殖魚が海外で売れるかだと、私は考えています。本来日本は、水産技術が高いんです。だからもっと、水産物を輸出して儲かっていてもおかしくない。そのためには確固たる数値に基づいて、よりロジカルに取り組んでいく必要があると思います。

だからこそ、コストを削減した新しいシステムに切り替えていかなくてはならない。音響カーテンはその第一歩です。今までの常識は捨ててください、我々が打破しましたから。

説明資料「生け簀現場値との比較 1788尾 1%の差」
説明資料「1788尾×33kg 資産価値 1億4750万円」
音響カーテンはマグロのサイズも計測できるため、生け簀内のマグロの資産価値を算出することができる

フットワークは軽く、ノーギャラで。

── 濱野さんは、水産大学校の名誉教授でもあるそうですね。

そうです。もともとは航海士として10年間、水産大学校の練習船で勤務し、その後大学の研究室に移りました。はじめに連絡をくれた養殖業者の方は、その研究室時代の教え子です。「マグロの数が合わない」と。豊洋水産という会社で、今ではACMSコンソーシアムに生け簀を提供してくださっています。

ACMSコンソーシアムの主なメンバー
ACMSコンソーシアムの主なメンバー

ACMSコンソーシアムでは、計測部門の他にこれからはコンサル部門や教育部門での活動も視野にいれています。組織がひとつだから、縦割り型の団体と違ってフットワークは軽いです。

これまでの成果については、国内外の学会や講演会、研究報告や学術論文の掲載を通して評価されています。このように主要活動は研究と開発ですから、交通費しかいただいていません。つまり、収益は出ていないんです。ノーギャラ(笑)。

── ノーギャラですか!?

まあ、大学の学祭のノリですね。みんなでアイデアを出し合って、「あれ、どう?」「いいね!」みたいな。優秀なやつらと一緒にいると本当に楽しいですよ。

楽しそうに話す濱野さん

世界初の計測法

音響カーテンのしくみの図

── 音響カーテンの仕組みについても教えていただきたいです。

生け簀内のあるポイントに、魚を感知する音波のカーテンを張り、そこを通過した魚の数をコンピューターで計算します。

まずは、1秒ごとに音響カーテンを何匹が通過するのかを調べます。

たとえば、3分間に30匹通過したとしましょう。すると、1秒あたりの通過数は30割る180で、0.1666666...匹となります。

今度はこれに、1匹が生け簀を一周するのにかかる時間を掛け算するんです。たとえば、1匹が一周するのに30秒かかるとします。すると答えは、5匹ということになります。

つまり、最初の1秒で通過した0.1666666...匹の魚たちは、30秒たつまで戻ってこない。逆にいえば、0.1666666...匹が、30セット、別々に用意されたことになる。仕組みとしてはそんな感じです。

ソナーから音波が放出され、音響カーテンを作るイメージ図

── なるほど。めちゃくちゃ難しいですね(笑)。

一般の方には伝わりづらいかと思います(笑)。まあ見てください。これが音響カーテンをつくり出す、ソナーです。

── ソナーって「水中の物体を、音波を利用して探知する機械」ってことですよね?

そうそう。

ソナーを探す濱野さん
何やら箱をごそごそしだす濱野さん
箱に仕舞われていたソナー
中にはソナーが
ソナーを抱えて誇らしげな濱野さん。めちゃくちゃうれしそう
ソナーを抱えて誇らしげな濱野さん。めちゃくちゃうれしそう

── 音響カーテン、つまり、音のセンサーで、いかにマグロの数を精密にキャッチするかが問題ですね。

音響カーテンの周波数は460キロヘルツ。つまり、1秒間に460,000回の振動があるわけです。その周波数の超音波が1秒間に20回きめ細かく発射されて、機関銃みたいな感じですよ。通過する魚は全部キャッチされます。

── 機関銃!

単位時間あたりの通過尾数を調べるなんて、カメラにはできませんし、ダイバーが潜ってもだいたいのことしかわかりません。世界初の技術なんです。

濱野さんが訳したソナーの本
濱野さんが訳したソナーの本
表紙に「ソナー R.Bミットソン 著 濱野 明・前田 弘 訳」と書かれている

道筋を示すために、人生を燃やす

── ACMSコンソーシアムの今後について教えてください。

そろそろ法人化を考える時期かなと思っています。現在は、養殖業者さんに装置を試してもらった上で、実績を認めていただいている段階。でもこれ以上開発を先に進めていくなら、やはり収益をあげることを考える必要がありますから。一般社団法人がいいかな、と考えています。

── 株式会社のほうが、収益は上がりそうな気がします。

私はどうも、長く公務員をしていたせいか儲けることを目的に活動するのがしんどいようなんです。社団法人なら株主総会もないし、非営利にすれば税金も軽くなるし、そちらが合っている気がしますね。

── 儲けるのが苦手、ですか。

もちろん、収益をあげることも運営のためには必要なことです。でも本当に大切なのは、自分たちの活動が社会にとってどういう意義があるのか、つまり、大義を示していくことだと思うんです。

その一環として、子どもたちへの教育事業を考えています。彼らに養殖の現場を見せて、理解を深めさせたい。

実際、生け簀の衛生管理上の問題や安全性を考えると子どもたちを生け簀に近づけるのはあまりよくないのではないかと懸念してはいます。でも、自分の食べる魚がどういうところで養殖されているのか、どうやって自分の口に入るのか。そこは必ず啓蒙していかなければなりませんから。

── 大義を訴えるんですね。

そうです。我々の使命は次の世代に、道筋を示していくことなんですよ。

それは教育だけに限らず、音響カーテンの開発もそう。尾数計測が正確になったからといって、すべての問題が一気に解決するわけではない。でも、突破口にはなる。

「ロジックに基づいた水産業」というパラダイムシフトが、もっと多くの変革につながっていけばいいなと考えています。そのために残りの人生燃やそうぜって、仲間たちと言っているところです。

さいごに

今後のビジョン

濱野さんをはじめACMSコンソーシアムの主要メンバーは、それぞれの分野で経験豊富な、高年の方々。培ってきた知見を結集させ、養殖業の常識を覆そうとしています。

「日本の安全・安心な養殖魚が海外で売れることが、日本の水産業を立て直す鍵」と語った濱野さん。

そんな大きなビジョンと、「音響カーテン」という具体的なソリューションを併せ持った濱野さんたちが、日本の水産業の新しい時代を切り拓いていく。

"おじさんたちの逆襲"とも呼べるようなマグロ養殖革命。革命は成功するのか、日本のマグロ養殖は変わるのか。今後も音響カーテンのことを応援していきたいと思います。

出航する船の景色
  • 取材・撮影長谷川琢也

    twitter: @hasetaku

  • たくよ

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