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「えりも岬に生まれてよかった」世話焼きおばさんがいる豊かな地域コミュニティ

Gyoppy! 編集部

えりも漁協女性部連絡協議会会長の川﨑尚子さんと夫の幸一さん

都市部を中心に核家族が増え、家庭単位での孤立化が進んでいるといいます。

たしかに都会で子育てをしていると、人との関わり方が希薄で、ふと孤独を感じることがあります。家族のあり方や、地域のコミュニティのあり方を問われる時期にさしかかっているのではないでしょうか──。

そうしたときに私たちが出会ったのは、北海道の日高地区漁協女性部連絡協議会とえりも漁協女性部連絡協議会の会長を務める、川崎尚子さん。同漁協えりも岬地区女性部長なども兼任し、海に携わる女性たちを率いる人物です。

自身も漁師の家に生まれ、漁師に嫁いだという川崎さんは、これまで売り物にならなかった魚を調理して商品化。次の世代へ継ぐために、アイデアによって産廃を資源化しようとしています。

さらに、地域の女性を巻き込んだ、豊かなコミュニティ作りにも注力します。漁師の妻だけでなく、駐在さんや学校の教頭先生の妻まで引き込み、昆布を天日干しする作業などを手伝ってもらっていると聞いたときには驚きました。

そして同時に、「ここは、東京よりも、子育てしやすいんじゃないかなあ」とも思いました。昆布を干しながら世間話をして、生活の知恵を共有したり、子どもの悩みを話したり。そんな女性たちの姿が目に浮かびます。

愛着を込めて、川崎さんのような女性を"世話焼きおばさん"と、あえて呼ばせてもらおうと思います。世話焼きおばさんの巻き込みパワーは、孤独な人々を救うのではないか。そんな仮説をたてつつ、スタートします。

昆布漁師の家に生まれ、同じ地域の漁師に嫁いだ

漁港の様子

── 川崎さんはどうして漁師の嫁になったんですか?

やっぱり第一はここの襟裳岬が好きで、浜と海が好きだったこと。うちの実家も昆布漁師だから、漁師の嫁になるのに何の違和感もなかったね。

私が子どもの頃は今みたいに便利じゃなくて、全部が手作業だったから、断崖絶壁の獣道を父親が昆布を担いで歩いたわけ。そういう親の働いてる姿を見て育ったから、ちょっと辛いことがあっても「このくらいでは負けられない」と思える。

昔の人たちは、満潮や干潮の周期を利用して、昆布をロープで引っ張ってたの。私たちも学校から帰ってくれば親に手伝わせられた。潮が引くときにやるから、月や星がいっぱい出てる夜中だったときもあったよ。

昆布漁の写真
昔の昆布漁の写真

── 他の地域へ出たいとか、漁師はもうイヤとは思わなかったんですか。

子どもの頃は「なんで手伝わなきゃいけないんだべ」って思ったこともあるけどね。ここで生まれ育って嫁ぎ先も地元だから、周りの人たちの子ども時代も、その親たちも見てきてる。先祖のおかげでやってこれてるっていう思いが踏ん張りどころになってるかな。とにかくみんなで仲良くしようって。

実家が近いから徒歩でも逃げられるんだけど(笑)。うちの親は厳しかったから、嫁いでから一度も泊まったことはないの。私も昔はおとなしかったけど、嫁になってだんだんと力をつけてね(笑)

えりも漁協女性部連絡協議会会長の川﨑尚子さんと夫の幸一さん
えりも漁協女性連や日高地区漁協女性連の会長、えりも岬地区女性部の部長を兼任する川崎尚子さん(左)。ご自宅へ招いていただき、夫の幸一さんも同席の上でお話を伺った

── それで周りを引っ張るくらいに。

そうそうそう(笑)。だから、やっぱり男の子ばっかり地元に残すんじゃなくて、女の子にも残ってもらわないとダメだってこと。

次の世代へつなぐための、産廃を資源にする商品開発

── 残ってくれた若い人たちが結婚して、漁師のお仕事も脈々と受け継がれていくわけですね。

そう。ただ、次の世代につなげるには資源がなければいけないから、埋もれた食材を掘り起こそうっていうことではじまったのが、ヤマノカミの商品開発。ヤマノカミって私たちは呼んでるけど、一般的にはオニカジカっていう魚ね。

増えすぎて駆除したいくらいだったんだけど、なんとかできないかってことで昆布巻きを作ってみたらおいしかったの。

── 鮮魚のまま売ることはできない?

えりも町には仲買人が数店しかないから売りさばけないし、そもそも値がつかないから扱ってくれないの。だから、カジカ専門でかまぼこにする水産加工所とか、養殖用のエサにする産廃処理業者に持っていくしかなかった。

ヤマノカミのレシピ

── ヤマノカミが売り物になれば、産廃だったものが資源になると。

浜に後継者を残すためには、付加価値をつけてあげないといけないでしょう。毎年少なくても2、3人は若い漁師さんが入ってきたんだけど、今年はゼロだった。いろんなものが利益になれば、漁師を継ぐって人もいるのかなって思うんだけど。

資源がなくて生活していけないような場所では「ここに残れ」なんて言えないし。私たちみたいな年寄りが知識を得て、少しでも若者たちに希望を持たせてあげないとね。

娘がふと言った「襟裳岬に生まれてよかった」

── 自分たちの世代で付加価値をつけて、次の世代が少しでも希望を持てるように。

そう。もちろん無理やり残らせるのではなく、子どもの頃から地域の文化に触れさせてあげて、この土地を好きになってもらえるようにしないと。「ここに残りたい」と思う次の世代を増やすのは、大人の役目。

── 地域で子育てしているような雰囲気が伝わってきます。

やっぱり子どもたちには楽しみをもたせてあげたいよね。みんなで文化や伝統を大事にするっていうのが、とっても大切だと思うの。

年に一度、「襟裳神社秋季例大祭」って大イベントがあるんだけど、神輿を先頭にして、保育所の子たちから小中高生に成人の山車、それに「襟裳神楽」とか「えりも岬少年神楽」で、地域が一丸となって襟裳岬市街地を練り歩くのよ。そういう行事を通して、地域の人たちみんなで、子どもが成長していくところをずっと見守ってるの。結婚して遠くに行った子たちも、お祭りに来て「懐かしい」って言うよ。

よその土地も魅力があるけど、ここにいるからには、自分たちの力でこの土地をなんとか輝かせたいし、子どもたちにも夢と希望を持たせてあげたいよね。

食卓いっぱいに並ぶ魚料理
川崎さんが用意してくれた料理が食卓に並んだ。「ちょびっとだよ」と言われて出てきたのがこの量!

── いつからそんな気持ちになったんですか?

考えはじめたのは20代からかな。それで31か32歳くらいになったとき、うちの旦那に相談したの。「踊りを教えたいと思ってるんだけど、どうだべ。まずはえりも岬小学校の児童を対象にこぢんまりと」って。そしたら「おめぇがやれると思ったらやれ」って言ってくれた。一緒に踊りをやることになった子どもたちも、「今日は練習があるから早めにご飯食べよう」って言うと「わかった!」って素直に聞いてくれたよ。

そうしてるうちに下の娘も小学生になって、車に乗ってるときに遠くを見ながら「お母さん、舞子ね、襟裳岬に生まれて良かった」って言ったの。その姿がいまだに忘れられない。

── それで娘さんは今でもこの街に残っているんですね。

娘は昆布の仕事をやっても何やっても楽しいって感じで、1年前から女性部に入ったの。おかげさまで襟裳岬は若い人が残ってくれてる。

外からきた人も受け入れる。「みんなマリンメイト」

── 漁村には、「外部からきた人お断り」とか、受け入れる空気を作れないという話も聞きます。でも川崎さんを見ていると、ここは大丈夫そう。

やる気のある人にはどんどん入ってなじんでもらって、そして引き継いでくのがいいよね。駐在さんだって昆布やってみたら、面白いって。ちゃんと休みの日になれば手伝ってくれるよ。

日高地区でとれた昆布
えりも地区でとれた昆布を揚げた「コンブチップス」

── えっ。駐在さんって警察官?

そうだよ~! 駐在さんや教頭先生の奥さんも入ってるし、私は勧誘しに歩くの。みーんなマリンメイトだから。「海のおともだち」だから!

── すごい(笑)。漁協の女性部だけど、漁師の嫁や娘だけではないんですね。

関係ないよ~。それぞれの個性を引き出すし、よその地方から来て寂しいかなと思えばいろんな話をしてね。やっぱり人とのつながりが大事だし、人と話すことで「楽しい」から始まるんだよ。

まだ20代とか、子どもが産まれて間もない人もいるから、「いつでも困ったことがあったら声かければいいよー」って言ってる。女性部には20代から60代までいて、みんなピチピチだよ。

「家ではこんなに楽しい食事したことない」札幌の女子高生との出会い

── 人を巻き込むパワーがすごいですね。川崎さんみたいな人がいたら、漁村が明るく元気になりそう。

またまた(笑)。あとは、地域と学校で連携をとって料理教室なんかもするんだけど、子どもたちもすごく喜ぶの。道庁の水産局から相談を受けて、札幌の大通高校でも料理教室をやったんだけど、そのときのことが忘れられない。

いつもみたいにジョークばっかり言ってたら、ご飯を食べるときに横っちょの女の子が泣いたわけ。「何か悪いこと言ったかな」と思って「どうした?」って聞いたら、「家ではこんなに楽しい話をしながら食事したことがない」って言うんだよ。いつもは一人だし、食欲がないから、自分がこんなに量を食べられることに感激したって。それがとにかく嬉しくて嬉しくて。

インタビューを受ける川崎尚子さん

── 都市部だと孤独な子が増えているのかもしれません。その女の子にとっては、貴重な体験になったでしょうね。

ちょうど昨日、担任の先生から連絡があって。その泣いた女の子、今は生徒会で楽しく活躍しているんだって聞いて嬉しかった。

今年も料理教室やったんだけど、12人しか集まらなかったの。でも私は、たとえ一人、二人でも、興味を持って参加してくれる子が集まってくれるならやるし、参加する子どもたちの気持ちを大事にしたい

体調崩さない限り続けたいなって思ってるんだけど、朝早くに起きて仕事こなしても、おかげさまでまったく体調崩さないんだわ。昆布食べてるから!

世話焼きおばさんがいる、コミュニティの豊かさ

「お節介」と「世話を焼く」という言葉には大きな隔たりがあります。

前者は、出しゃばって善意を押し付けること。

後者は、求める人に対して、必要なだけ手を差し伸べること。

必要なときに助けられた経験がないと、助けを求めることすらできなくなってしまいます。人と人を緩やかにつなげてコミュニティを作っている、川崎さんのような"世話焼きおばさん"がいたら、いざというときに素直に頼れるのではないでしょうか。

笑顔の川崎尚子さん

先祖から受け継いだ資源を生かしながら、次の世代へ継ぐための付加価値をつけようとしている。そして、地域の宝である子どもたちを、みんなで見守ろうとしている。

漁村を明るくするだけでなく、孤独な食卓の子どもたちを救うヒントが、川崎さんのお話の中にたくさん詰まっている気がしました。

いくら丼

取材:長谷川琢也
文:栗本千尋
編集:くいしん
写真:中西拓郎

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