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豊かな未来のきっかけを届ける

豊かな未来のきっかけを届ける

大好きな釣りに人生を懸ける。若くて稼ぎも一番、子ども6人を養う一本釣り漁師

JF全漁連

愛媛県愛南町の吉田真一さ

愛媛県愛南町の吉田真一さん(43)は、愛南漁業協同組合(以下、JF愛南)で最若手の一本釣り漁師。18歳で就業し、22歳で漁船を造ってイサキの一本釣りと遊漁(釣り船業)で独立した。しかし豪快なキハダ(キハダマグロ)の一本釣りに引かれ、漁に専念しようと5年前に遊漁を廃業。しかし季節性のあるキハダだけでは生計が立たない。

そこで単価の高いクロムツとメダイの一本釣りを何年もかけて研究し経営を確立した。今や一本釣りの水揚げではJF愛南でトップだ。一本釣り漁師は高齢化が進む。できれば地域漁業を担う若手を育成し、釣りの技をとことん究めたいと願っている。

特注の竿と電動リール(ミヤエポック)。
特注の竿や電動リールを組み合わせたプロ仕様の釣り具

一番若くて稼ぎも一番

愛南町は愛媛県で最も南の町だ。黒潮から暖かな潮が差し、沿岸はリアス海岸という環境に恵まれ、漁船漁業も養殖業も盛んだ。JF愛南には本所と6支所があり、組合員数は約1500人。水揚げ金額は26億3400万円に上る(平成29年度、取り扱い実績)。

そんなJF愛南の漁船漁業で、経営体数が100と最も多いのが一本釣り漁業だ。最若手の吉田真一さんは、JF愛南の立花弘樹組合長によると「若くて稼ぎも一番。漁師根性がすごくてストイックに自分を追い込む人」という。表情豊かでギラギラした熱い人をイメージしたのだが、港に現れた吉田さんは物静かで口数も少なめ。しかし話を聞くと「釣りは半分趣味の釣りバカ」だそうで、「どんな魚でも人より多く釣れる、誇れる漁師になりたい」と瞳をきらめかせる。やはり、とんでもなく熱い人だった。

吉田真一さん
吉田真一さん。JF愛南の一本釣り漁師では最年少で、一本釣りの水揚げはJF愛南トップを誇る

キハダに魅せられ遊漁を廃業

吉田さんは漁師一家の生まれ。父はイサキの一本釣りと遊漁を営み、今もバリバリの現役だ。吉田さんは3歳で釣り竿を握った。ゲームより釣りが好きで、10歳ごろからは父と一緒に漁に出たという。

「中学生になったら父の半分ぐらいは釣れるようになり、中卒で漁師になるつもりでした」。しかし父に諭され、普通高校に進学。2年生の夏休みに小型船舶操縦士免許を取り、高校を卒業すると待ちかねたとばかりに父の下で就業した。

吉田さんは6人の子どものお父さん。船に乗りたいと泣く子をなだめて出港

やがて22歳で漁船を新造して独立する。父と同じイサキの一本釣りと遊漁の兼業だ。「口下手ですが、遊漁は釣れればお客さんが付く。すぐに遊漁だけでも食えるほどになりました」。だが30歳になるころ「人生これでいいのか」と自問するようになる。大好きな釣りを究めたいという渇望に加え、豪快で稼ぎもいいキハダの一本釣りにそそられたためだ。そして「38歳で遊漁をやめて、愛南町で一番の一本釣り漁師になろう!」と決意。目標に向かって計画を立て、着々と行動を始めたのだった。

専業漁師への厳しい道のり

キハダは浮き漁礁(ブイ)で釣る。当たれば日に何十万円も稼げるが、シーズンは初夏と秋で、その時期でも毎日ブイにいるとは限らない。生活のためには他の釣りも必要だ。そこで吉田さんが選んだのが、単価の高いクロムツとメダイだ。
どちらも深場に住み、夜間にやや浅いところに上がってくるため夜中に釣る。しかし愛南の漁師はイサキ専門で、クロムツとメダイを釣る人がいなかった。イサキは1年中釣れる上、漁場が近くて浅く昼間に操業できるためだ。吉田さんは高知の漁師に話を聞きに行き、雑誌やインターネットなどでも調べた。

夜通し釣ったクロムツを朝6時のセリに合わせて水揚げ

「最初はさっぱり釣れなかったです。高知の人たちも全ては教えてくれませんし」。

昼間は遊漁で稼ぎ、夜中にクロムツやメダイ釣りを研究する日々は、体力的にはきつかった。しかしもともと好きな道だ。釣れる場所を探して転々とし、釣れたらGPS測位のプロッターにポイントを記録、データを蓄積していった。仕掛けにも試行錯誤を重ね、やがて満足のいく釣果を上げられるように。並行して、高知の漁師の仲間をつくり技の修練を積んでいたキハダの一本釣りにも自信がついてきた。

こうしてとうとう目標の38歳の時、融資を受け第五十八海栄丸4.9トンを新造。遊漁をすっぱり廃業し、新たな人生に踏み出したのだった。

第五十八海栄丸。海で栄える願いを込めて命名

さまざまな漁を組み合わせて稼ぐ

吉田さんの船は、整頓と清掃が行き届いてピカピカだ。キハダ釣りのブイは足摺岬の南西沖で、波があると片道2時間半かかるためエンジンは680馬力。また2つの魚艙(ぎょそう=漁獲物を収納するところ)には冷水機システムを導入した。水を循環させて1.5℃に保つ。30キロのキハダを15~16本ぎっしり詰めても水温は維持されるという。そのため、吉田さんの魚の評価は高く単価もいい。

JF愛南の魚市場で仲買人に尋ねると、「吉田さんの魚は豊洲など中央卸売市場に送ります。買った飲食店や小売店の反応がいいと聞いていますよ」という。

クロムツ
仲買人が鮮度を評価する吉田さんが釣ったクロムツ

今、吉田さんの漁の年間サイクルは、こんな感じだ。水温が上がる4月末~7月と9月~晩秋にかけてはキハダ釣り。ただしブイにキハダが回ってこないと、夜中のクロムツ釣りでコツコツ稼ぐ。夏はイサキの旬で、吉田さんは大型のものを釣るために遠い漁場に足を延ばすという。1月~3月にはメダイ釣りだ。産卵期で浅いところで釣れるのだ。他にも、空気ボンベを背負いイセエビの潜水漁をすることも。

「何でもやって稼がんといかんのです。船のローンがあるし」。水揚げ金額の4割を返済に充てているが、返済計画の半分足らずで今年中に完済できそうだと吉田さんはうれしそうだ。今後は、釣りの可能性をもっと自由に試せるチャンスも増えることだろう。

キハダ
釣り上げたキハダにとどめを刺す(愛南町水産課提供)

豪快だがルールの制約もあるキハダ釣り

ところで、吉田さんが魅了されたキハダはどう釣るのだろう。漁は、夜明けに生餌のメヂカ(マルソウダ)釣りから始める。まずまき餌でメヂカを集め、周りを船でぐるぐる回りながら、潜行板(ルアーに魚を誘う動きをつける道具)と疑似針を付けた竿3本で釣りまくる。「キハダは元気できれいなメヂカしか食わんのです。弱ると皮が黒く固くなるので、いけすの管理にも気を使います」。その時期に釣れるキハダのサイズに見合った大きさのメヂカを集めるのもポイントだ。

キハダ釣りはテグス糸を手にじかに握る。「針にメヂカを付けて海に放つとシャーッと泳いでいきますが、キハダが食うと重たくて速いジャーッ!になる。このテグスの感触がたまらないです」。テグスを出し入れしながら引き寄せ、テグス伝いに鉄の輪をキハダの口にはめて呼吸を制限。おとなしくなったら一気に船に引き上げ、勝負は決着だ。

手釣りの様子
テグス伝いにキハダの命を感じる釣り(愛南町水産課提供)

釣り方は豪快だが、実は漁場には細かいルールがある。ブイにはカツオ一本釣りなど多くの漁船が集まる。混乱しないよう、漁法ごとに列に並んで順番に釣るのだ。カツオ船もキハダ釣りもブイの潮上と風上から流されながら釣り、ブイを通り過ぎるとまた列に戻る。限られたチャンスに1匹でも多く釣るには、生餌の良さと手際の良さが必要だ。

えさ用のサバを切る
徹夜の漁のあと。眠さをこらえ今夜の漁に使うえさ用のサバを切る

ブイでの漁はまた「情報戦」でもある。どこのブイに魚がいるか、漁船が少なくて釣りやすいのはどこかなど、情報がカギを握る。その強い味方が、気の合う漁
師数人のグループ「情報船」だ。「1日の漁には燃油代が4万円かかります。毎日は様子を見に行けないし、ブイとブイの間も離れています。情報船仲間の情報収集が頼りになるんです」。

若い漁師仲間を増やしたい

 
せっせと情報を集めても、釣れるかどうかは行ってみないと分からない。「大漁の翌日からパタッと釣れず、燃料代ばかり食われることもあります」。海は毎日同じようで、まったく違うから面白いのだと吉田さんはいう。「釣れない日でも、なぜ釣れないのかを考えるのがまた面白い」と笑う。専業になってからは、海への感謝の思いがいっそう強くなったそうだ。海にごみが浮いていれば拾うし、漁場を引き揚げるときと帰港したときには必ず、声に出して「ありがとう」と海に感謝の思いを伝える。

船内の神棚
船内の神棚。不漁が続くと近くの恵比寿神社に詣で、船も酒で清める

今もっとも気掛かりなのは、若い漁師がいないことだという。昨年の秋、吉田さんは船に衛星電話をつけた。漁師が減って、無線の電波が届く範囲に漁船がいないことが多くなり、万が一に備えたのだ。「もし漁師になりたいと希望する人がいたら、私の技術は全て教えてもいいです。若い仲間が欲しいですね」。人を育てながら、自分は釣りの道をさらに究めて、いつか「名人」といわれるような境地をのぞいてみたいと思っている。

※吉田真一さんについては、ぺりかん社刊なるにはBOOKSシリーズ「漁師になるには」(大浦佳代著)でもご紹介しています。

  • 文・取材・撮影大浦佳代

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