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豊かな未来のきっかけを届ける

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「母親であることが最大の武器」赤字の家業を年商1億円の会社に変えた5児のママ

JF全漁連

益田沙央里さん

5人の子どもを育てながら、年商1億円を稼ぎ出す女性が、熊本県天草市の小さな漁村を動かそうとしている。エビ養殖漁業者に嫁ぎ、10万円を元手に始めたエビの個人向け販売を行う益田沙央里さんだ。その活動の影響は地域の農家や同業者との連携によるふるさと納税返礼品、株式会社化による女性の雇用創出などまでに波及している。「子どもたちを天草で育てていきたい」――その思いだけで動いてきた沙央里さんは、平成29年度農山漁村女性活躍表彰で農林水産大臣賞に輝いた。

農山漁村女性活躍表彰で農林水産大臣賞受賞

合格発表間近の東京大学安田講堂で、農山漁村女性活躍表彰は行われた。春色のスーツを身にまとった沙央里さんが檀上に上がり、「女性の活躍」と書かれた賞状を受け取った。賞状の最後には農林水産大臣の名前。漁業者として初めて、この表彰で最優秀賞である農林水産大臣賞を受賞した。

農山漁村女性活躍表彰の賞状を手に。
農山漁村女性活躍表彰の賞状を手に。益田沙央里さん

嫁ぎ先のエビ養殖漁家で個人向け販売部門を立ち上げ、売り上げを伸ばしながら、天草の生産者や取引先、地域全体を活性化させる活動となっていることが高く評価された。

きっかけは、結婚後まもなく、夫が営む養殖場から出荷した車海老仕切り書を見たことだった。築地から送られてきた明細を見て、採算が取れていないことに気付きがくぜんとした。そのとき沙央里さんのおなかにはもう、命が宿っていた。「こんなことでは、子どもを育てることができない」。

身重の体の沙央里さん。「私にできることは何か」と考え、夫に「個人向け販売をしたい」と申し出た。軍資金10万円を手に沙央里さんは、すぐチラシ作りに取り掛かった。2009年9月に結婚式を挙げ、仕切り書を見たのは10月。12月には熊本市内の大型集合住宅などへのポスティングや、観光客が集まるイベントでのチラシ配布を行った。

養殖しているクルマエビ

子育てママのネットワーク

沙央里さんは、ハイヤ祭りで有名な天草下島・牛深出身。巻き網船団の網元の長女として生まれ育った。幼少期、巻き網漁業が衰退していく時期と重なり、実家も時流に逆らえず、どんどん傾いていった。

「橋のたもとに、漁船が出ていくのがよく見える場所があるんです。そこで漁船を見送るのが好きでした」。

その後、家庭の問題や自身の病気など幾多もの試練を乗り越えた末に、車海老養殖漁家の長男と出会う。

ピカピカのキッチン

養殖漁家に嫁ぎ、個人向け販売に精を出す沙央里さんだったが、女性が外で仕事をすることを、夫の両親は最初、理解することができなかった。夫の支えを頼りに利益を上げ続けた沙央里さんは、両親の家の水回りをリフォームすることに。ピカピカのキッチンの脇に、3畳ほどの事務所も作ってしまい、自社の販売部門とした。「理解してもらうには、働いている姿を見てもらうしかない」。幼い子どもを抱っこしながらパソコンに向かう沙央里さんは、いつしか夫の両親に受け入れられていた。

沙央里さんがチラシを作ることができたのは、実母の手伝いや広告代理店で身に着けたスキルがあったからだ。人形作家として活躍する実母とともにイギリスで漆器の絵付けの勉強をした。広告代理店では、事務職で入ったにもかかわらず、いつの間にか大手企業を相手にポスターなどの製作をこなしていた。めまぐるしく変化する環境の中で、気が付いたらデザインのセンスやパソコンのスキルを自分の武器にしていた。

個人向け販売を伸ばしていく傍らで、子育てママのコミュニティーにも参加していた。なかなか母親が集まる機会がない過疎地域で、一人で悩む母親の姿を、沙央里さんは不遇だった過去の自分と重ねていた。「子育てママの悩みを共有できる場所があったら」と考えた沙央里さんは、フリーペーパーを作ることを思い立つ。記事は子育てママたちが自らテーマを決めて取材し原稿にする。費用は車海老ギフトの広告で賄った。冊子の最後のページに自社のクルマエビを掲載し、発行時期を盆と暮の前にする。一石二鳥のアイデアだった。フリーペーパーの名前は「JOAN+」。常に安心して暮らせるようにとの意味が込められた。

クルマエビ養殖池の前で撮影
クルマエビ養殖池の前で

ピンチをチャンスに変える

子育てママへの情報発信のために作った「JOAN+」は、いつしか大きなネットワークとなっていき、車海老の個人向け販売が急速に伸びていくこととなった。フリーペーパーを製作するため、空いていた保育園の建物を借りてコワーキングスペースを開設。ここにも、フリーランスやNPOの人たちが集まるようになり、沙央里さんを中心としたネットワークがどんどん広がっていった。

ふとしたきっかけで、地元の農家と知り合う。漁業者と分かったら「海を汚している、乱獲している」などと文句を言われたという。少し話していたらすぐに理解してもらえたが、地元の一次産業との意見交換の必要性を強く感じ、交流を持つようになっていた。

養殖池の排水に栄養分が多く、排水時には小魚やボラがたくさん群がり、カキ殻がつくようになっていた。そのカキ殻をかんきつ類の農家から肥料に欲しいと言われたことをきっかけに、農家の婦人部の加工チームと連携し、ジャムづくりなどの技術を応用して、車海老のパテなど加工品の開発・製造も行うようになった。

また、カキは3年ほど独自で実験し、漁師とエビ養殖の連携で、シングルシード(※)マガキ養殖実験を開始した。完成したマガキは、香港で市場調査を行うまでになっている。

※カキをカゴに入れて、1個ずつバラバラで養殖する方法

その一方で、エビ養殖も困難を何度も乗り越えていた。東日本大震災発生時には、エサとしていた三陸産アミエビが入手できなくなった。父親の「昔、クルマエビのエサはアサリとイカ」という言葉を思い出し、処分に困っていた割れアサリと出逢った。これが無投薬にこだわっていた自社のクルマエビのさらなる付加価値向上となった。

また、高水温でエビが大量死したこともあった。販売中止を決断したら、今度は希少価値が高まり、口コミで予約が殺到。「品質の悪いエビを出荷しない」という漁家の誇りがピンチを救った。ただ、出荷体制を整えることも課題だった。地元の同業者と勉強会を実施し、天草の養殖エビを周年出荷できる体制を作った。

株式会社化、さらなる成長を目指して

販売部門が大きくなってきたので、独立して株式会社化することを決意した。それが現在のCWP(株式会社クリエーション WEB PLANNING)で、沙央里さんが代表取締役に就いている。スタッフは、子育てママのネットワークで集まった4人の母親。設立当時からともに働く金子美里さんは、入社してすぐ、長男がおたふく風邪にかかり、休まなくてはならなくなったが、「普通に休むことができた」と語る。母親である以上、子どもの病気は当たり前のこと。でも消費者としての目線は、「商売には必要不可欠。女性であること、母親であることが最大の武器」と沙央里さんは言う。

スタッフみんなで子どもを見守る
スタッフみんなで子どもを見守る

現在は新築した自社車海老加工処理施設の一角に事務所を借り、そこを拠点に天草市ふるさと納税返礼品も手掛けている。

CWPが取り扱うクルマエビを含めた天草の産品は300種類以上に増え、売り上げは2009年の250万円から2017年には1億円を超えた。物流会社と連携し、香港やシンガポールなどに出荷することも視野に入れている。

天草市ふるさと納税返礼品の発送も行う
天草市ふるさと納税返礼品の発送も行う

熊本地震の被災者との交流も行っている。被害が大きかった熊本県益城町には地震発生当時から支援を続け、仮設に住む人たちを養殖場に招き、バーベキューで自慢のクルマエビを振る舞ったりしている。

「本当は、株式会社化するのではなく、家業に戻したかった」と憂える。では何をしたかったのかと聞くと「根っこにあるのは自然と共存して生きる生産者。恵まれたこの天草の海をフィールドにものづくりがしたい」と沙央里さん。天草灘に向かって出港していく父親の船団の姿がいまだ深く心にとどまっている。それでも、子どもたちのために「100年先も、安心して天草で生産していけるように、自らが実験台となりチャレンジし続け、この豊かな海を継いでいきたい。」と、ガラス細工のような透明な笑顔に戻った。

事務所外観
株式会社クリエーション WEB PLANNINGの事務所

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