三陸の「泳ぐホタテ」 × 世界の名店「ピエール・ガニェール」
「泳ぐホタテ」。なんともキャッチーなネーミングです。人気レストランとその料理を支える和の食材。今回は、フランス本国でミシュラン3つ星を獲得し続ける、世界の名店「ピエール・ガニェール」の東京店でエグゼクティブシェフを務める赤坂洋介氏に、その食材との出会いを聞きました。赤坂シェフは、ガニェール氏のもとで16年余り仕事をし、そのスピリットと感性を受け継いでいます。岩手県、三陸の釜石から養殖ホタテを提供する「ヤマキイチ商店」の君ヶ洞剛一(きみがほら たけいち)さんも駆けつけ、生産者と料理人の深い絆から生まれる料理に対する想いを語ってもらいました。
本当に泳いでいた、その意外性にビックリ
海と山の食材を絶妙に組み合わせるのが、「ピエール・ガニェール」の料理の特徴。その中でも、食材自体に力があるホタテは、メインの食材として使うことができる魅力的な海産物なのだと言います。「ピエール・ガニェール」では、それまでホタテを築地から仕入れていたのですが、鮮度や大きさなど、赤坂シェフが納得できるものにはなかなか出会えなかったそう。そんな時に知人から紹介されたのが、「ヤマキイチ商店」の「泳ぐホタテ」でした。
「本格的に使い始めたのは、ここ1年くらいですね。最初に『泳ぐホタテ』と聞いた時、泳ぐ? ということにとても興味を持ちました。君ヶ洞さんが持参した発泡スチロールに耳をすますと、ゴソゴソとホタテの動く音が聞こえました。その中には、海水の中で動いているホタテがいて。殻を開けたら、身もピクピクしている感じでした。生で試食してみたのですが、軟らかさはもちろん、甘みやふんわりとした磯の香りなどが、口の中いっぱいに広がって。今までのホタテとは、全く状態が違うと思いました」。赤坂シェフはそう話します。「泳ぐホタテ」は三陸沖の漁師が水揚げしたものを生け簀(いけす)に入れ、数日程度休ませた後、海水に浸されたまま出荷されます。「ゆったり休ませる、というちょっとしたひと手間が、ホタテの味を大きく左右します」と君ヶ洞さん。海の中にいるのと同じ状態の鮮度が保たれ、ストレスをかけることなくシェフの元に届けられるのです。そのままの状態で、1週間程度保存することも可能です。
三陸沖は、親潮と黒潮が交差する場所で世界三大漁場の一つ。背後に控えた山の森からのミネラルも海に注がれることで、豊かな栄養素が交わり合う稀有な場所でもあります。ホタテの水揚げシェアは北海道がダントツですが、三陸のホタテはその栄養をたっぷり吸い込んだ上質で大きなものが獲れることで知られ、浜値は日本一。なかでも選りすぐりの浜から鮮度・中身・大きさなどを基準に最も良いホタテを仕入れ、出荷しているのが「ヤマキイチ商店」です。貝殻の直径は約13cm程度のビッグサイズが中心で、なかには18cm以上となる幻のホタテもあるとか! その見立てには定評があり、数々の一流レストランから絶大な信頼を得ています。
「関東の市場でたまたま見かけたホタテは、いつも私たちが見ているイキのいいホタテではなく、くたっと弱っている感じのものがほとんど。三陸の漁師は、皆プライドを持って、丁寧に愛情をかけてホタテを育てているから、それらとは一緒にされたくなかったのです。そんな思いを伝えるためにも、100%活きたまま届けることができたら......。試行錯誤を続けた結果、24時間365日絶えず海水が循環する生け簀の整備や、独自の発送方法を考案し、それを可能にしました」
「泳ぐホタテ」は、料理の幅も広げてくれると赤坂シェフ。さて、どんな料理になるのでしょうか。
「泳ぐホタテ」がインスピレーションを刺激する!
成長に合わせた色々な使い方を、君ヶ洞さんがシェフにアドバイスすることも。実は貝柱が甘くて身が大きい夏場が、旬なのだとか。「そんなアドバイスを受け、その新鮮で豊潤な甘みを味わってもらうために考えた一皿が、薄くスライスした生ホタテのカルパッチョです。もともとホタテ自体にふんわりとした磯の香りはあるのですが、岩牡蠣のアイスクリームをソースがわりに絡めることで、より一層のミネラルを感じることができると思います。泳ぐホタテには全く雑味がないので、調理次第で全く別の印象を引き出すことが可能。レシピの幅に広がりもでましたね。季節によって調理法や火の入れ加減、使用する部位なども違い、そのバリエーションの奥深さには驚くばかりです」。
さらに、その香りや軟らかさを表現するために思いついたのが、ホタテのムースにパン粉をまぶし香ばしく揚げた一皿。カリカリにした衣に閉じ込められた磯の、何ともいえない甘い香りは、生で食すのとはまた違う深い味わいです。「まだまだ、ポテンシャルはありそう。日々の研究が楽しい食材です」。冬になれば、貝柱だけでなく、ホタテのコライユ(卵巣)も立派な食材の一つとして使用します。
「食材を渡したら、赤坂シェフのインスピレーションに全てを委ねます」。「泳ぐホタテ」を丁寧に扱い、大切に表現してくれるシェフの一皿には、うまい使い方だな、と感動することもしばしばなのだとか。「赤坂シェフがどのような感性で、料理してくれるのか毎回楽しみなんです。三陸の漁師たちが作っているものが、一流のレストランでどう使われ、役立っているのか。そのことをきちっと現場の漁師たちにフィードバックしていくのが、私の役目。三陸の漁業を次世代に繋げていくための道筋だとも思っています」と君ヶ洞さんは話します。
今後もこのような取り組みを広げていくと君ヶ洞さん。「泳ぐホタテ」と一流シェフのコラボレーション、さらなる展開に目が離せません。
※メニューは季節により異なりますので、お問い合わせください。
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写真安野 敦洋
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文ナイキ ミキ
ピエール・ガニェール
ANAインターコンチネンタルホテル東京 36階