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豊かな未来のきっかけを届ける

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年間300頭以上が海岸に。クジラやイルカが、私たちに投げかけていること

BLUE SHIP

砂浜に打ち上げられたクジラ
田島 木綿子(たじま ゆうこ)

田島 木綿子(たじま ゆうこ) 国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 研究主幹

日本獣医生命科学大学にて獣医師免許取得後、東京大学で博士号(獣医学)取得。米国海棲哺乳類委員会の招聘研究員として、テキサス大学医学部とカリフォルニアの海棲哺乳類研究センターに在籍し、修行を積む。帰国後、国立科学博物館の支援研究員を経て、現職に至る。

愛猫3匹と過ごす時間が何よりの癒し。シロナガスクジラが発見された鎌倉の海岸は、大学時代、ウインドサーフィンでよく訪れた海岸であったことは、運命的なものなのかもしれない。

田島さんは何をされていますか?

国立科学博物館では自然科学等に関する標本や資料集め、研究の成果やコレクション等を活用し一般の方々に自然史や科学技術に関心を持つ機会を積極的に創出しています。そのなかで私は海岸にストランディングした海の哺乳類の亡骸を回収し、解剖調査から集めたデータを元に研究や教育普及活動を行っています。

自治体からストランディングの連絡が入ると、予算、人員などの条件が整えば全国どの海岸にも出かけます。実は昨日まで、福井県でストランディングをした18mのナガスクジラを調査・解剖していたので全身筋肉痛です。
国立科学博物館HP:https://www.kahaku.go.jp/

※ストランディングとは?
本来は海にいるべき生物が岸に打ち上がること。イルカやクジラの座礁・漂着・混獲・河川港湾への迷入など、通常の生息状態ではない状態にあること指す。

2020年6月 福井県美浜町ナガスクジラ調査風景

── 日本では年間300頭のストランディングが起きていると聞いています

300という数字は報告件数にすぎません。実際はどのくらいストランディングが発生しているのか把握できていないのが現状です。人間が知らないところで朽ちていく個体もあるため、報告件数以上はあると思っています。

── 昨年は5月の連休に江の島にイルカのストランディングがありました

海岸に漂着したイルカを人間が海に戻す光景をよくテレビで目にしますが、実は人間が海に戻せたと思っても、その個体が海で生きているのか追跡していないので確認できません。再漂着してしまう事例もたくさんありますし、海に戻ったあと正常に生きていける個体の方が少ないとの話は聞いています。

── 最近日本では地震が多いのですが何か関連があるのでしょうか?

関係ありません。もし関係があるのなら、確認済の300件の地震が起こらなくてはなりません。しかし実は、東日本大地震のときは震災前の3月6日に茨城県鹿嶋市に約50頭のカズハゴンドウがストランディングしました。さらに、ニュージーランドでも大きな地震の前に100頭近いクジラがストランディングした事例があります。こうした大きな災害の場合、何かしらの影響はあるのかもしれません。

これまで国内で発生したストランディングと地震の関連を付き合わせてみたことがあるのですが、今のところ地震との因果関係を証明できる事例はありませんでした。地震説はゼロではありませんが、当てはまるケースは少ないと思っています。

── ストランディングの原因はなんでしょうか?

様々な要因がありますが、人間活動の影響は決して少なくないと思います。例えば「漁網に絡まる、混獲」や「船と衝突する、シップストライク」などがありますが、目に見えない脅威としては、環境汚染物質が挙げられます。

2016年3月 徳島県阿南市マッコウクジラ調査風景

ダイオキシンやPCBs(ポリ塩化ビフェニル)など環境汚染物質が体内に蓄積すると個体の免疫機能が低くなり、健常だったら死なない病気でも死んでしまう個体が出てきます。

── 先生はその死因の調査をされていますか?

死んで海岸に打ちあがることには明らかに原因があるわけです。例えば感染症やガンなどの病気や、弱い個体が群れの中で生きられない自然淘汰など、自然界の秩序の中で繰り返されることであれば、それは自然の摂理だと思います。

しかし実際にストランディング個体を解剖していると、プラスチックが胃の中から出てくる場合もあります。筋肉や肝臓を測れば、ダイオキシン、PCBsなどが大量に溜まっており、脳内でも確認されています。

このように人間社会が作り出した化学物質を体内に取り入れた影響で、海の哺乳類を含む様々な生物が衰退していった場合、将来的に生物多様性は崩壊し、人間だけが生き残ってもそこに明るい未来は伴っていないと思います。

── 調査でわかってきたことは?

例えばクジラなど10mサイズの大型個体の場合、胃に入ったものが直径5mm以下のマイクロプラスチックであれば、物理的な影響を体内で受けることなく糞として排泄されます。しかしそのプラスチック表面や内部に環境汚染物質が吸着していることが最近わかってきており、そうなると、ことは深刻になります。

これまで環境汚染物質はエサを介して生物濃縮される経路が主軸でしたが、そこにプラスチック由来の環境汚染物質も加わると、プラスチックを誤飲した個体は、ダブルダメージになる危険性があります。これまで見過ごしていたこうした要因を検証するために、注意して調査・研究を進めています。

2019年3月 銚子マッコウクジラ調査風景

実は、私が哺乳類の調査に参加し始めた20年前からプラスチックゴミはクジラの胃の中から確認されています。最近では、マスコミ各社に取り上げていただいているので、深刻な状況が少しでも世間に伝わることを願っています。

── 大きなテーマですね

現在も愛媛大学さんと共同で環境汚染物質の影響について研究を続けています。クジラの死因は我々がかかるような病気や感染症で死ぬこともあり、海の汚染を含む彼らの生存を脅かすリスクファクターを把握し、解明することを研究テーマとして取り組み続けています。

── この20年で何か変化はありますか?

劇的に何かが変化したとは思いませんが、少しずつ悪くなってきている印象はあります。言い方が難しいですが、人間社会が発達すればするほど、自然や野生動物にとって良いことは全くないという現状です。

── 最近、下水浄化の技術が発展して、昔よりきれいになったイメージがあります

もちろん、上下水道技術発展のおかげで水質は改善している地域もありますが、海はつながっています。そのため、日本周囲の海域が多少良くなったとしても、アジアに目を向ければ国の諸事情により垂れ流しが当たり前の国もまだあります。

先進国の日本が他国に対し環境改善の指摘をしたとしても、彼らにしてみれば「日本も昔は海・川にゴミを流していた」と言われるので、とても慎重に対応していく必要があります。

しかし、それは全て人間社会の話です。動物たちがもし喋ることができたら「人間も一緒に考えようよ」と訴えてくるのではないでしょうか。地球は我々だけのものではなく、すべて繋がっていることを忘れないで欲しいです。

── 難しい問題ですね

私もクーラーは使用しますし、豊かな生活に慣れた人間です。現在の文明社会の継続のためになくてはならないプラスチックですが、その反面「ゴミ問題」や「汚染物質」を発生させてしまったことも忘れてはいけません。

人間が思う豊かで快適な生活は、自然界にとっても快適なのか? 今一度立ち止まって、真剣に考える時代に来ています。若い頃はそのような発言は気恥ずかしいと思うこともあリましたが、今はこうした環境問題を強く伝えたいと思うようになりました。

実際、我々はストランディング調査を20年以上続けているからこそ、得られた事実を科学者の立場で伝えることができると思っています。

鳥取県立西高校での講演風景

── 動物の亡骸の処理については......

海岸に打ち上げられた海の哺乳類や魚類などの死体は、地元自治体が焼却か埋没することが国から通達されています。打ち上げられた動物はただの大型粗大ごみであり、厄介ものでしかないのです。しかし、それがいかに貴重なデータを得る宝の山なのかは、我々のような専門家が関わる方々に説明し、理解していただくことが重要だと思っています。

── どこに連絡をすれば良いですか?

もし海岸に打ち上がっている生き物を見つけたら、役所、警察、消防や近くの水族館や博物館に連絡をしてください。もちろん、国立科学博物館へ連絡してくださっても構いません。

── 2018年、由比ヶ浜にストランディングをしたシロナガスクジラの話をお願いします

とある何気ない日曜日、夕方のテレビニュースを見ていたら、神奈川県鎌倉市由比ヶ浜の海岸にクジラが漂着しているという報道が流れていました。詳細を確認するために神奈川県立生命の星・地球博物館研究員の方に連絡を取りました。聞くところによると午後2時頃、一般の方が沖で漂流している時点で発見し藤沢警察に連絡が入ったようです。

2018年8月 神奈川県鎌倉市シロナガスクジラ現場風景

その後、鎌倉市役所、新・江ノ島水族館の職員が現地に向かいました。水族館から頂いた写真を拝見したところ、国内初となるシロナガスクジラかもしれない可能性があり、私は翌朝から始まる現場との調整や学術調査などを想像すると、この夜は緊張して眠れなかったことを覚えています。

── 調査は翌日からですね

翌日の2018年8月6日に、私が陣頭指揮を取り調査を開始しました。大勢の鯨関係研究者たちが国内外から集結して、調査・解剖を始めようと思いましたが、由比ヶ浜は地元にとって重要な観光地であるためにその海岸で鯨を解体調査することは許可されませんでした。

実際に夏休みのため、大勢の海水浴客がクジラの周りに集まりはじめました。このままでは混乱が予想されたので、海岸では個体の全体写真と計測のみを実施して場所を移して解剖調査を行うことにしました。

当該シロナガスクジラの腹側からみた畝(ウネ)

── 調査の結果いかがでした?

今回のシロナガスクジラは科学的に種が確定できた事例としては、国内初となる大変貴重なものです。体長10m52cm、オス。2018年に生まれた乳呑み児でした。死後数日しか経っておらず、漂着した由比ヶ浜海岸からそう遠くないところに母親クジラもいたのかもしれません。

── 死亡原因は?

腐敗が進んでしまったために内臓の詳細な調査を実施することはできなかったのですが、全身を全て回収して、各種研究所用サンプリングならびに死因解明のための内臓調査を行いました。

調査の過程で胃に約3cmのビニール片が観察され、後にこのビニール片は「6ナイロン」という解析結果が出ました。内臓には個体を死に追いやるような病気は発見されなかったため、生後数ヶ月の個体がなんらかの原因により親とはぐれ、単独では生きていけず死亡した可能性が考えられました。

※6ナイロン:耐衝撃性や耐薬品性に特に優れ、低温でも物性が劣化しない。軸受け、ギヤ、ボルトなど工業用の用途が多い物質

── 骨はどうなりましたか?

国立科学博物館が全身骨格を標本として保管しています。若い個体だったために骨の大部分が軟骨でしたがほぼ完全な骨格標本となりました。

たシロナガスクジラの骨格標本の一部(尾椎)
鎌倉市由比ヶ浜でストランディングしたシロナガスクジラの骨格標本の一部(上:尾椎、下:右前肢)

さらに調査の結果、生まれて間もないオスの幼体個体であり、北太平洋個体群としては初の分子生物学的成果であったこと、生前は親と共に岩手県沖を回遊していたこと、体内に環境汚染物質が蓄積されていたこと、外部寄生虫が日本周辺では初の確認であったことなどもわかりました。

関連資料:2018年8月5日 鎌倉市由比ガ浜海岸にストランディングしたシロナガスクジラ 調査概要/(独)国立科学博物館

── 今回の研究チームの構成を教えてください

国内外から大勢の方が駆けつけてくれました。新・江ノ島水族館、神奈川県立生命の星・地球博物館、筑波大学、北海道大学、宮崎くじら研究会、宇都宮大学、東京海洋大学、日本鯨類研究所、ソウル大学を中心に編成しました。この場をお借りして多大なる協力、ご支援ありがとうございました。

国立科学博物館

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

人間が思う豊かで快適な生活は、自然や野生動物たちにとっても快適なのか? を自分自身や周囲の方々と話し合ってみてください。

そして、私たちと同じ哺乳類は、日本の陸や海にはたくさんいることを知っていただき、我々ヒトも大きな生態系の中の一部であり、相互につながりあっていることを、今一度心に留めてください。

── 田島さんの想いを聞かせてください

ストランディング個体の死因に、人間社会活動の影響が深く関与していることを、感情論ではなく事実を元にこれからも皆さんに広く伝えていきます。その事実から何を想うのかは個々のご判断に委ねます。強いられて何かをやることは、長続きしません。

イルカやクジラ、アザラシやアシカたちは海や川に生息場所を移しましたが、我々と同じ哺乳類であることを続けています。本当に変わった魅力的な仲間たちです。そんな彼らが、ストランディングという現象から、何らかのメッセージを我々に投げかけているのであれば、それを取りこぼさず翻訳していこうと思います。

田島さん
  • ゴミ拾い・環境ポータルサイトBLUE SHIP (海と日本プロジェクト)参照
    【BLUE SHIP主催】日本財団・NPO法人海さくら
    https://blueshipjapan.com/

\ さっそくアクションしよう /

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