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「自分さえよければいい」では漁業は終わる。未来を見据える漁師の想い

TRITON JOB

佐々木夫一(ゆういち)さん

気仙沼市唐桑町に「海を愛する人はみんな漁師だ」と話す、熱い漁師がいます。
その漁師の名前は佐々木夫一(ゆういち)さん(70歳)。宮城県気仙沼市にある唐桑半島で生まれ育ち、みんなからは愛船「一丸(かずまる)」の名で呼ばれています。

海で仕事をしているときはピリッとした真剣な空気を持つ一丸さんですが、写真を撮ろうとすれば恥ずかしそうにして、ひたすら冗談を言う"おちゃめなおじちゃん"。
大好きな漁業の未来を憂えて、「漁師になりたい」という声があれば積極的に受け入れをし、世話を焼きます。

一丸さんの話には、いつも愛が溢れています。
海、漁業、生まれ育った唐桑半島。
地域の子供たちからお年寄りまで、すべてに思いを寄せる一丸さん。
その大きな愛で、これから先、漁師を生業として唐桑半島に根ざす若い世代を育ていきたいと考えています。

一丸さんは、漁師になることは難しいことではないと言います。

「海を愛する人はみんな漁師。海が好きならみんな漁師になれる」

海が好きなら漁師になれる......なんだか漁師へのハードルが一気に下がった気がしませんか?

やるときは全力。一番熱くなるのは夏

一丸さん、子供の頃から大の海好きでした。
中学生の頃には学校を抜け出しては海に行き、30分くらいかけて手漕ぎで船を走らせてイカ釣りをしたり、アイナメやヒラメなどを獲っていたそうです。

「寝ても覚めても海と魚。魚を獲るのが楽しみだったのさ。人を愛するよりも先に海を愛したんだ」

中学生の頃にはもういっぱしの漁師だった、と語る一丸さん。
かれこれ50年以上に渡って大好きな海で仕事をし続けています。

一丸さんの船では、一年を通して獲る魚や漁法が変わります。
1月から2月は刺し網漁で鱈、3月から4月はイサダ漁。5月からは次の漁の大目流し網漁の準備に入り、6月から12月まで"突きん棒漁"と"大目流し網漁"と呼ばれる漁法でカジキやサメを狙います。主にこの4種類の漁法で1年のサイクルができています。

佐々木さん

夏場の突きん棒漁では北海道沖に向かい、漁の間は20日間ほど船の上。
船内には、調理をするための流し台やテレビが設置されています。暑い夏場を乗り切るためにはクーラーも必須です。長い間漁をしながら、生活ができ、休めるように整備されているのです。
大目流し網漁は網を固定せずに風や潮の流れに任せて魚を獲る漁法。国からの許可がないと操業できないもので、唐桑では5隻の船が大目流し網漁を操業しています。一丸さんの船もそのうちの1隻です。

9月から1月頃には突きん棒漁からこの大目流し網漁に切り替えて、唐桑から2、3日で到着する漁場へ行きます。ハードなときは、両方の漁法をやることもあるとか。

「やっぱりサバイバルだからさ、誰よりも獲りたいっていうのはある。どれが一番燃えるかっていえば夏の突きん棒の時期だけど、他の漁だって全部燃えるさ」

 気仙沼漁港で見たチーム作業

早朝4時。まだ日の光がささない暗い時間に、沖合での大目流し網漁を終えて、気仙沼漁港に一丸さんの船が入港。

暗い中帰港する船

乗組員のひとりが魚倉に入って大きな魚を引き上げるためにフックを引っ掛け、ひとりは下の準備ができたら合図。一丸さんが機械を使って魚を陸上にあげて、フォークリフトまで運ばれた魚からフックをはずして並べていきます。ひとりひとりが協力して、魚を陸上に水揚げする姿はチームそのもの。

一丸さんの船の乗組員は3人います。気仙沼出身でベテラン漁師の川戸道さん(60歳)、魚釣りが大好きで漁師になりたいと県外から移住してきた日野さん(28歳)と片岡さん(57歳)。新規就業の2人は一人前の漁師になるべく、一丸さんのもとで日々学んでいます。

「漁師としての技術は教えるし、サポートもする。でも、ふたりともいい大人なんだから、基本は手を取って教えることはしない。自分の孫に手取り足取りというのとは違うわけさ。ガンガン手取り足取り教えるよりも、『お前のやり方でやってみろ』ということを伝える。前に俺から教わったことが頭のどこかにあれば、もし失敗しても『やっぱり親父の言った通りだったんだな』ってことを経験する。そしたら、もうその失敗はしない」

海が好きで、魚を獲ることが好きという気持ちがあれば、時間はかかってもいつか一人前の漁師になれるはずだと一丸さんは信じています。

大きな魚を吊り上げて船から下ろす

 未来の漁業を見据えて

「こうあるべき」という一般的な概念にとらわれることなく、一丸さんは柔軟な発想を形にしてきました。長年乗っている船もそのひとつです。

昭和63年に造船された愛船「一丸」は、10年先のことを見越して2枚舵や冷凍機の設備など、沖合で行う大目流し網漁や突きん棒漁に対応できるように造りました。進水式から30年が経つ今でも変わらず漁ができています。

船内の佐々木さん
 

 「当時40歳だったんだけど、やっぱり海が好きだからさ、残りの人生も漁師を続けていくんだって思って大きな投資をしたんだ。『これが漁師人生最後の新造船になる』って覚悟したね。だからこそ、何年も何十年も先の世の中の動きを見越して、どんな設備を整えていたらいいか、仕事が効率よくできるためにはどうしたらいいか、船にも長生きしてもらうために一番よい状態がなにかって色んなことを考えた」

ひとつの物事をそのまま捉えるのではなく、様々な角度で、そして広い視野でその先を考えるというのが、一丸さんのポリシーです。

その姿は地域活動にも現れています。

気仙沼には「じもとまるまるゼミ」(以下まるゼミ)と呼ばれる体験型地域塾があります。地元の中高生たちに地域の仕事や暮らしを体験し、海や浜仕事を好きになって欲しいという思いから、一丸さん自ら地域団体に声をかけてこのまるゼミが始まったのです。

小型船で子どもたちを案内中

「漁業の後継者がいなくなって、船の数も減ってる。自分さえよくて好きなことをやって、自分がダメになったらどうでもいいやっていう人も中にはいる。その考えが楽さ。でも、いま動かなければそれで終わり。漁業は素晴らしい職業なんだよってもっともっと知ってほしい」

一丸さんは、まるゼミだけでなく、気仙沼の外から移り住んできた若者や女性、「船に乗りたい」「漁師になりたい」という人たちを積極的に受け入れ、育て続けています。

後世に大好きな海の仕事を残したい。
それが一丸さんの真っ直ぐな想いです。

佐々木さん

\ さっそくアクションしよう /

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