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「最初は嫌で、逃げたかった」失敗も回り道も災害も、あって続く漁師の挑戦

TRITON JOB

船上で作業中の本田さん

「最初は嫌でしたね。逃げようと思ったけど、逃げられなかった。嫌いなものほど、いつもそばにある」

昨年、お父様から漁業権を受け継いだばかりの男性がいます。
本田智章さん、39歳。
海苔漁師の家の長男として生まれた智章さんですが、家業を継ぐという選択肢はもともとなかったそうです。

「家の仕事が好きじゃなかった。高校を卒業して、IT関係の専門学校に入ってサラリーマンになったんですけど......続きませんでした。与えられた仕事をこなすだけで、ああしよう、こうしようって、体が動かなかった。とにかく窮屈でしたね」

人よりも失敗はたくさんしてます、と苦笑いする智章さん。
家の仕事を本格的に手伝いはじめたのは、二十代後半になってからでした。

「今まで、理屈じゃなくて嫌いって目を背けていた海苔養殖の仕事と向き合ってみたら、めちゃくちゃおもしろかった。嫌いなものほど、目がいってしまう。じゃあなんで嫌いなのかなって考えると、そこから学ぶことが多いんですよ。嫌いだったものが好きになったとき、人は元気になる。だから今、仕事が楽しいです。海苔養殖、おもしろいですよ」

本田智章さん

2011年3月11日。
30回目の誕生日を迎えるこの日は、智章さんの入籍予定日でもありました。

「いろんなものが狂いましたね。同時に、人生観が変わりました」

家や仕事道具を失い、残ったのは身一つです。
予定よりも大幅に遅れて入籍をし、身内だけのささやかな式をあげた智章さんは、1次産業への想いを新たに仕事に打ち込むことになります。

「自分の残ったこの体が財産なんだって。そんな自分の体を作っているのは、食べ物じゃないですか。食べ物を作るという仕事に自分が携わっているんだっていう誇りというか......強い思いが芽生えました」

この世界には、どうしようもない自然の力があります。
その力に怯え、途方に暮れ、ときに立ち尽くすこともあります。
それでも、漁師たちは自然への感謝を忘れません。

「結局、養殖業は自然からの恵みをいただいている。自分たちは少しだけサポートをしているだけです」

顕微鏡を覗き込む

智章さんは、育てることが難しいと言われている「アカツキ」という海苔の品種にも挑戦しています。
先輩の漁師たちは、智章さんのことをこう語ります。

「研究熱心で、とにかく努力家。みんなが嫌がる仕事も率先してやってくれる」

たくさん回り道も、選り好みもしたからこそ、智章さんは今、心からこの仕事が好きだと言えます。

自身は39歳。
高齢化が進む海苔養殖業界では若手ですが、水産業界の未来を危惧し、次世代を育てなくてはという思いがあります。

「一瞬だから、人生は」

海苔養殖は一人でできる仕事ではありません。
一緒に考えて、動ける人。
支え合って、助け合える人。
そんな仲間を、智章さんは求めていました。

\ さっそくアクションしよう /

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