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【第2回】「対等に言い合える関係を」科学者の助言を、漁師が生かせるために(提供:EDF)

みなと新聞

米倉氏と和田教授

これまでの連載記事

科学は"説得力"を持てるのか

前回の記事で見たように、魚介類を獲り控える「漁業管理」でうまく資源を増やすことに成功した事例は科学者のアドバイスを生かしたものが多い。だが、漁業者が「科学者の言う管理で本当に魚と漁獲は増えるか」と不安に思うこともある。とはいえ「実行するのは漁業者。科学を押し付けてはいけない」(沖縄県水産海洋技術センター秋田雄一研究員)。漁業者が科学に納得し、管理に協力心を持てることが大切だ。納得感づくりへ、どんな工夫ができるだろうか。

市場から信頼構築

沖縄で獲れるシロクラベラ(マクブ)は高級魚だが、小さいと魚価が安く産卵もできない。「20~30年前から、県の科学者は漁業者に小さな個体を獲らぬよう助言していた」(同)。漁業者は当初、科学者を歓迎しなかったが受け入れていったという。

沖縄市で資源を守る活動を進めてきた漁業者・柳田一平氏は、行政や科学者の提案が受け入れられてきた理由について「忍耐強く、分かりやすい言葉で管理の効果が示され続けたため。小型魚を守り、大型魚にするとどれだけ魚価が上がるかも示してくれた」と語る。

まくぶの体長、体重、一匹あたりの価格の表
沖縄県の科学者はマクブを大きくしてから獲る意義を魚価で説明(沖縄県水産海洋技術センター提供)

秋田研究員は、科学者が漁業関係者に信頼されるため「市場に出てコミュニケーションすることを大切にしてきた。先輩方の時代には漁業者に魚を触らせてもらえないこともあったと聞くが、意思疎通するうちにデータや知識をもらったり、意見交換したりできるようになっている」と証言する。

同県は大きな魚と小さな魚の割合を見て「子どもの魚を獲り過ぎていないか」と調べたり、単なる漁獲量だけでなく漁獲努力量(例:漁に出た回数など)を調べて「漁獲が減ったが、出漁と魚自体どちらが減ったせいか」などと分析したり、漁業者に意見を募って「魚の保護区をどこに置くと効果が出るか」などを一緒に考えたりする。

同県では、行政の予算で漁業者の船をチャーターして一緒に調査をすることも。調査でデータがそろい、「漁師自身、科学者と一緒に動くことで資源への知識や意識が高まる」(柳田氏)。

マクブ
大きなマクブだけを獲る沖縄県沖縄市の漁業者生出正道氏(生出氏提供)

同県は沿岸の魚約200種の体長組成、100種弱の漁獲努力当たり漁獲量(資源量の目安となる値)を分析。政府の2019年度の分析対象が67種であることと比べても目立つ数字だ。

漁業者含め協議

三重外湾漁協和具海老網同盟会は、科学者の助言に従ってイセエビの漁獲サイズを制限して資源を大きくした。この背景について同会は「県の研究者として赴任した山川卓先生(現東京大准教授)が優しく、知識豊富だった。潜水調査の結果を基に、一緒に話し合った。漁業者の知らないことも詳しく教えてくれた」と説明する。

イセエビを持つ漁師
和具の漁業者らは小さいイセエビを守る

正直な対話を

水産研究・教育機構の藤原邦浩氏らのチームは、新潟県糸魚川市の底引網の収入アップと資源データ集めの両立を目指している。漁船上のカメラや漁業者のスマホのアプリから漁獲結果を港に発信。漁港側が氷やトラックなどを無駄なく必要なだけ準備できるようにし、市場の経費を抑えたり魚価を高めたりしつつ、データを資源の豊富さなどの分析にも役立てる計画だ。

このチームに協力する漁業者は「もともと、藤原氏とは一緒に研究をし、信頼関係があったから」と話す。藤原氏も「漁業者に何か聞かれたら極力『分からない』と言わず調べて伝え、彼らの知恵を裏付けてきた。資源の話はデリケートで、『もっと資源はいる』『いや、もっと少ない』など過大評価や過小評価も起きがち。ただ、漁業者は本当のことを知りたいので、思いを受け止めて対話するのが大切。今回の研究も魚価向上だけでなく、資源研究に使うと正直に伝えている」と語る。

糸魚川の漁業者らと藤原氏(右端)ら研究者が話し合う
糸魚川の漁業者らと藤原氏(右端)ら研究者が話し合う

話を難しくしない

福島県では一定より小さいヒラメやアナゴが底引網にかかった際、海へ再放流している。両種は丈夫で、網の傷で死ぬ可能性が低い。同県水産研究所の渡邉昌人資源増殖部長は「先輩の研究者たちが『再放流して生き残った魚は大きくなる、そうすればこれだけ体重が増え、その分水揚金額が増える』と漁業者に何度も説明して回ったと聞いている」。

説明の際に気を付けるのは「話を難しくしないこと。CPUE(漁獲努力当たりの漁獲量)なら『獲れ具合』などとかみ砕く。漁獲体長サイズを30センチ以上に制限するなら、船上ですぐ使える30センチの定規を配る。現場の漁業者が納得する形で資源を管理してもらうのが大切」(渡邉部長)。

一定サイズ以下のヒラメを放流するための定規
一定サイズ以下のヒラメを放流するための定規(福島県水産資源研究所提供)

そして「誰より海に出ているのは漁師さん。その情報を得ぬ限り、良い研究にはつながらない。漁師さんの情報をうのみにすることもしないが、怒られながらも情報交換し、科学に落とし込む。良い研究を外部に報告することも大事だが、魚を獲ること・漁業者の収入につながる研究ができて初めて意味がある」(同)と意識する。現地の底引漁業者への取材でも「科学の話を正しいと思うことも疑問に感じることもある。疑問に思ったことはぶつける」との声が聞かれた。

どの事例にも共通するのは、科学者側が漁業者のところに足しげく通って信頼関係をつくったこと。あるところでは「昔から科学者は漁業者に助言をしていたが、漁業が稼げた時代は『口出しするな』という空気が強かった。漁業者の力が弱ったことが、皮肉にも聞く耳につながった」という声もあったが、現場で理論より人間関係が重視されることの裏返しといえよう。

科学者が漁業者から信頼を得た上で、乱獲などデリケートな内容も含めた最新の知識を、分かりやすい形で伝える。同時に科学者が漁業現場の知識やニーズをよく聞き、状況に合う解決策を提案する。どちらか一方だけが強いのではなく、両者が意見を言い合える人間関係が「分かる範囲で最善の科学情報を、漁業の管理に生かせる」という体制につながるようだ。

科学の質は上がるのか

これまで、漁業者と科学者が協力することの大切さを見てきた。ただ「科学で海の資源量を調べ、乱獲にならぬ範囲に漁獲を抑えよう」といっても、調べられる海域や魚の種類には限界があり、分析自体を100%正確にすることも不可能。その中で、少しでも多く、より正確に海や資源を知るため、漁業者と科学者がタッグを組む例がある。

漁師ファーストの手軽なデータ収集

魚市場のデータは科学にも生かせる。ただ、データが手書きだと、書く側の市場にも、読んでコンピューターに入力する側の科学者にも負担だ。手間を省く情報通信技術(ICT)が大切になる。

北海道の留萌では漁業者がタブレット端末にデータを入力し、資源の分析に役立てた。ナマコ漁業者の米倉宏氏は「(技術開発を担う)和田雅昭はこだて未来大学教授の"漁業者ファースト"姿勢があったから」と思い返す。和田教授は漁業者の意見を聞き、ノートパソコンより起動やタッチ操作に時間のかからないタブレットアプリを使うなど、仕事の邪魔にならない方法を開発。「年配の漁業者も協力しやすくなった。またデータを自分たちで集めたこと、分析結果が分かりやすく示されたことで科学分析を信用できた」(米倉氏)

米倉氏(左)と和田教授
米倉氏(左)と和田教授

漁業者同士は各船の航跡のデータも共有し、特定の漁場に船が集中してしまうことを避けるなどにも役立てている。

写真で漁獲物判別

山口県・下関漁港などを拠点に底引網を営む昭和水産(愛媛県八幡浜市)は、水産大学校(山口県下関市)協力の下、ICTでの漁場予測を進める。魚種別漁獲量を手間なく記録できるコンピューターや自動船舶識別装置(AIS)、衛星利用測位システム(GPS)を漁船に、水温、塩分などのセンサーを漁網にそれぞれ搭載。このデータを使い、どんな環境条件でどの魚種が獲れやすいか、どの海域がどんな環境条件になりそうかなどを予測する。

同社の宮本洋平専務は「漁場の位置を分析しやすい」と喜ぶ。ICTを入れた理由を「アカムツ(ノドグロ)資源が目に見えて減るなど将来の経営が不安」と説明。ノドグロは小型魚の乱獲で減りやすいとされるが、「島根では、小型ノドグロの多い海域で操業を控える例がある。(船がどの漁場で操業したかを示す)位置情報を明かしたがらない漁船もあるが、もし漁場保護のルールや位置情報を他船と共有できれば、小型魚保全を考えたい」と意欲を示す。

また同校は、写真で撮った魚の種類や量を人工知能で判別しようとしている。写真でノドグロの大きさを測る技術は完成間近。箱に整理された普通サイズの銘柄なら「箱内の平均体長を誤差0.1センチ以内、体重の誤差10グラム以内くらいで当てられる」(水産大学校の徳永憲洋講師)。

映像から漁獲物の大きさを調べられる水産大学校の機器
映像から漁獲物の大きさを調べられる水産大学校の機器

今後は箱に整理されていない魚の測定や、魚種の判別が課題。「データが十分に集まれば、ベルトコンベヤー上で何匹かの魚が重なった状況でも、魚種別の漁獲量を記録できるのでは。データ収集のための人の確保や現場研究が必要」(同)

同校は「産業とICTをつなぐ、技術と人材を育てたい」(同校の松本浩文准教授)と意気込む。

参考:「海が好きなだけでもいい」水産業の未来に触れられる学び場、水産大学校とは?

定置網にカメラ 陸から漁獲予想

ゲイト(東京都墨田区)は三重県に定置網など複数の漁場を持ち、漁獲や観光客の漁村体験に活用。定置網ではセンサー付きのブイで水温や潮流など環境条件を計り、毎日獲れた魚種を記録する。どんな条件の日にどんな魚が獲れるか分析する構想。通信企業と提携し、5G回線で水中カメラの情報を陸上に飛ばして出漁前から網の中を把握する技術も検討している。「どの漁場に行けばどの魚が獲れそうか」予想し、観光客の喜ぶ魚を狙いに行きつつ、狙わない魚種を逃がす資源管理にもつなげる。五月女圭一同社社長は「ICTを、海を豊かにするため使いたい」と熱弁する。

現状、日本で行われている資源管理計画の進捗(しんちょく)は「8割近くが、資源状態の評価基準として不十分な漁獲量や魚価などで評価・検証されている」(自民党行革本部)点が課題だと見られている。例えば、漁獲が減ったというデータだけでは、資源が減ったのか漁業者が減ったのか分からず、管理を強めるべきかが判断しづらい。ただ、新しい技術と多様なデータで科学の質を高められれば、より多くの魚の資源状態を見て計画を作れそうだ。

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