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豊かな未来のきっかけを届ける

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自分も同じネタとシャリを握ったのに! 鮨職人の技を、握って食べ比べて体感

美食倶楽部

ワサビとカニ

6月に日本が初めて議長国を務めた「G20大阪サミット」。会期中に行われたファーストレディの昼食会で、いったい誰が鮨を握ったのかをご存知だろうか。筆者がパッとイメージしたのは、日本鮨会を代表する重鎮、巨匠中の巨匠。

しかし意外や意外、その正体は30代の爽やかな青年。YOSHIと呼ばれ親しまれる、大森海岸「松乃鮨」の四代目若大将、手塚良則さんだった。

厨房に立つ手塚さん

彼は各国のファーストレディたちの前に立ち、ただ黙々と鮨を握って出しただけではなかった。鮨を通じた日本文化の豊かさを英語で伝えながら、ゲスト一人ひとりに配慮した優しさの詰まった鮨を、美しい器としつらえで提供し大絶賛された。

そんなヨシさんと「鮨を一緒に握る」企画が開催された。ことの発端は、「Gyoppy!(ギョッピー)」がヨシさんを取材した記事。この記事の世界を読むだけでなく、体感できる場をつくりたいとお声掛けくださった。そう、「体感」が大事らしい。引き受けてくださったヨシさんの懐の深さを思いながら、当日を待った。

そして当日......待っていたのは、鮨職人さんの腕がどれだけ素材の良さを引き出すのか、という「体感」だった。

いまが旬の香箱蟹(こうばこがに)のお造りを、つくる。

開場1時間前。ヨシさんが元気な挨拶で登場。さきほど豊洲で仕入れてきたという魚とたくさんの道具が運びこまれ、3人の若き職人さんが手早く仕込みや準備を進める。見るまに会場がお鮨屋さんに変わっていった。

仕込み中の若き職人
カニを準備する
木箱に並ぶ香箱蟹
木箱に並べられたネタ

参加者が続々と集まり出した。皆期待でいっぱいの表情。

乾杯

最初のメニューは、いまが旬の香箱蟹のお造りだ。

香箱蟹はズワイガニの雌で、この時期は特に卵の濃厚な味わいで有名。殻を開いて、身をほぐし、口当たりの悪い皮などは丁寧に取り除く。小さな一品に実は詰まっていた心配りに感動しながら、足を並べて、卵とともに殻の中に美しく盛り付ける。

カニの身をほぐす参加者
盛り付けを教わりつつカニの甲羅盛りを作る
綺麗に並ぶ香箱蟹

卵も二種類ある。外側から見えるのがプチプチとした食感の外子(そとこ)で、甲羅の中にあるのが濃厚で香り高い内子(うちこ)。どこかで読んだ知識としての言葉たちが、手から視覚から身体の中にはいっていく。

鮨5貫。熟成度合いを包丁で感じる

苦労してつくった香箱蟹を、その場で掻き込みたい衝動はちょっとつまむだけで我慢。次は握りだ。

用意してくださったネタは5種類。トロ、こはだ、赤貝、えび、しまあじ。まずはヨシさんのデモンストレーション。

しまあじは3日前から熟成させたものと、今朝仕入れた新鮮なものをその場でさばいたもので、食べ比べ。「熟成度合いでここまで包丁の入りが違うというところも感じて欲しい」とヨシさん。

ヨシさんの包丁さばきを覗き込む

いよいよ、チームに分かれて実際に握る。

魚に関係する仕事をしている参加者も比較的多い中、会社経営者、弁護士、ファッション広報、多種多様なバックグラウンドを持った参加者が一緒に蟹と格闘する。

ワイワイと握りにチャレンジ

繰り返し教えてもらいながら握っていく。ポイントは、お箸で持っても崩れず、口のなかでほどけていく軟らかさ。シャリは大きすぎず、こんもり山型に。えびは、うまく握れれば尻尾をつまんで持ち上げてもシャリが落ちてこないらしい。

各自握ったエビを持ち

せーの!

持ち上げてみる

わーー!! できたー!

最初の1貫はシャリが手につき、取ろうと酢をつけてベチャベチャになって終わってしまった。2貫、3貫と握りながら、指の力の入れ方、ネタとシャリの温度や細かな質感に集中していく。五感がとぎすまされる。

1貫ごとに少しずつの手応えと上達を感じ、ああまだ握りたい! という欲求と共に、5貫を握り終えた。

エビ、シマアジ、コハダ、赤貝、マグロ、香箱蟹の甲羅盛り

少々不格好でも、初めて握った鮨は輝いて見えた。

いただきます! 食べ始めた皆から歓声があがる。「美味しい!!」「うまっ!」「日本酒くださーい!!」

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そんな中、畳み掛けるように今度はヨシさんの握ったお鮨が届く。肝のたんまり乗ったカワハギに、極上のトロ、それと仕事のされた蟹味噌にイクラの巻物まで。

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会場中に驚きと感動の声が響く。

「なにこれ!」「シャリが別物みたい!柔らかい!」「口の中でほどけていく!」「全然違う!!」

同じく最高のネタと最高のわさびと最高のシャリで握ったはずなのに、ここまで変わるんだ。改めて、鮨職人さんの腕がどれだけ素材の良さを引き出すのか、リスペクトに震えた。

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「お鮨は、単なる"フィッシュ・オンザ・ライス"ではない」。

ヨシさんの言葉の意味を噛みしめる。

漁師さんがどうやって魚を獲ったか、市場の仲買さんがどうやって選んだか、運送の人がどう丁寧に運んだか。そして農家さんがどれだけお米を愛して作ったか、わさび農家さんがどんな苦労でわさびを作ったか。鮨職人はそのバトンをうけとり、最後に最高の状態で届ける役割だと。

自分で握ったからこそ、その上でプロの仕事を見せつけられたからこそ、今なら分かる。彼らが持っているのは単に「きれいに形を整えて握れる」という技術ではない。他の料理のシェフと同じように、しかし魚と米という非常にシンプルで奥深い素材で、素手で、「最高に美味しく料理する」技術だった。

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イタリアのスローフードのイベントでは150カ国の人に鮨を握ったと言うヨシさんは、世界でも自分の店でも、「お鮨を提供しているんじゃなく、お鮨を通じて日本文化とおもてなしを伝えている気持ちでいる」と語る。

好みのネタを出すのはもちろん、お腹がすいてるならシャリを大きめに。早く食べたいならぱっぱと。ゆっくりお酒と楽しみたいならそのペースで。左利きなら左に出す。お客さんと対面してるから、その人を見ながら、考えながら、話をしながらもてなしていく。

蟹が好きなお客さんから予約が入れば、何日も前から絶対にこれを用意しようと市場に手を回して待ち、旬の魚はこう出そうとか、この魚は熟成させようとか、準備を整えてお客さまを迎える。

「鮨だけでなく、天ぷら屋さんでも鰻屋さんでも、日本料理の世界では皆やってきたことだと思います。でも日本人ってそれをきちんと伝えて来なかった。言わなくてもわかる、が美徳でしたから。

父はしゃべらないですが、僕はしゃべる。いまの時代、ストーリーを求めてる方が多いし、話さなければ分からないこともたくさんあると思うんです。ぜひ、鮨屋をはじめいろんな日本料理屋さんへ行って、裏ではこうやってるのかなとかイメージしてみてください」。ヨシさんは締めくくった。

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最後に、今日ヘルプしてくれた3人への感謝を。彼らは一度社会人になって、世界を見てきて、それから鮨職人になった。

「鮨職人になるには10年」がこれまでの常識。もちろん時間は必要だと思うが、いまの時代、もっと効率よく学んでいいと思うとヨシさん。

ガンちゃん(写真 一番右の女性)は1年ちょっとでお客さんを前に鮨を握り、いまはリゾートホテルで鮨担当を任されている。これから3人とも立派な職人になって、胸をはって世界に出てもらいたいと。

あとでヨシさんは、「今日のような機会は若い職人にとってすごくいい」と語ってくれた。前に出て、自分の腕を皆さんに見てもらい、褒めてもらう。とても刺激的だったと思うと。親のような表情で目を細めた。

本物を楽しむ「新しい扉」が開いた

パック詰めの鮨やチェーン店の回転鮨に始まり、いい大人になった私たちは、ちょっとした店でのカウンター鮨も嗜むようになった。一応経験の階段は昇り詰めたかのように感じていたが、しかし。その先があったのだ。それはもう1つの扉が開かれたような体験だった。

扉を開けてくれたのは、1貫の裏側を語ってくださったヨシさんだし、五感を使って一緒に鮨を握る体験だった。

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目の前にある1貫が、すべてではない。裏側にたくさんのものがある。ひとたび、それが見えるようになったとき、目の前にある1貫に、すべては詰まっているとわかる。伝わるだろうか。

この素晴らしい体験のあと、筆者は近所のちょっとした名店のカウンターに座った。ここへ来るのは2度目。前回はただ、出された鮨の美しさ、美味しさにうっとりしただけだった。今回は、面白くて仕方なかった。

カウンター越しに見える大将の仕事、一つひとつから目が離せない。「あ、そこに包丁入れた」「別の海苔を出した!」「わさびは根元の甘い方だけ使ってるな」「ゆずの皮をあんな一瞬だけ!?」

したがって大将との会話も楽しく深くなる。おしぼりの熱さ、お水の位置、皿を下げるタイミングまで、すべてが絶妙だったことに気づく。

そして、もう1つ。驚く変化があった。お鮨を頬張った瞬間、目の裏側に広がる景色があった。海や、田んぼや、わさび田。そこにいる人。優しく強い人たち。一瞬で日本中をトリップし、たくさんの人に会った気がした。

知って、体験して、近くなる。思いをはせ、世界は広がり、幸せな気持ちは倍増する。

いま私たちのまわりには、たくさんのモノとサービスが溢れている。それらをただ消費するのではなく、その中から自分の思う「本物」を見出し、五感と心を使って味わい、その先に広がる世界を楽みながら、大切にしていきたい。

ひとたび扉の開いた世界のこれからが楽しみで仕方ない。ヨシさんへの深い感謝をこめて。

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  • 本間美和

  • 写真ニシウラエイコ

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