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「今のままでは、サンゴが全くいなくなる」サンゴの養殖で未来の海を救う

BLUE SHIP

さんご畑の写真
金城浩二氏の写真

金城浩二

1970年、沖縄生まれ。有限会社海の種 代表取締役。2006年にNPO法人 アクアプラネット理事長就任。2007年に「青年版国民栄誉賞 人間力大賞」「内閣総理大臣奨励賞」「環境大臣奨励賞」受賞。座右の銘は、サンゴ礁を次の世代へ。

有限会社 海の種:http://www.seaseed.com/(外部サイト)

金城さんは何をされていますか?

サンゴを選抜育種し、環境の変化が著しい中、変わりゆく海の中で生きていけるサンゴを陸上で養殖し、そこで増えたサンゴを沖縄の海へ植え付ける事業をしています。

具体的には、陸上に小さな海、人口のサンゴ礁を造り「さんご畑」でサンゴを育てています。ここには天敵がおらず、水質が安定しているのでサンゴによい環境です。現在、養殖可能数は約30万株を飼育する大きな施設です。

珊瑚の養殖をはじめるきっかけは?

僕が子供の頃見てきたサンゴ礁は、今思えばありえないくらいカラフルでとても美しかったんです。現在言われているサンゴ白化現象が問題で、死に行く姿を見れば、どなたも同じ衝動にかられたのではないでしょうか。それくらい、昔の海はあまりにも美しかったと僕は記憶しています。昔のような綺麗な海を子供達に繋げていきたい気持ちから、1998年にサンゴ生育に関わりました。

水面を見つめる金城さんの写真

映画化されました。劇中では、許可問題でご苦労されていましたね。

(映画「てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~」(2010)、主演:岡村隆史)

今思えば、何が問題だったかと言うと、環境を再生させる事になんら許可がいるとは思いもしなかったんですよ。

今まで前例がなかったものなので、それをやる難しさが実際の苦労だったのです。当時は今のように「エコ」という言葉を口にする世の中ではありませんでした。当時の沖縄はバブル直後くらいの時期だったので、まだ「開発」ありきの雰囲気でした。「環境を守ろう」と声をあげると周囲からだいぶ気味悪がられました。

この活動を始めた時に、「ネガティブな大人が多いんだな」と気がつきました。問題解決をしようとした時に、問題の事を騒ぐ人はいるけれど、現場で作業する人はいなかったと感じましたね。それからみんなで「何かやろう」と思って人が集まっても、気がついたら最後は僕一人になっているという経験が多かったです。珊瑚の活動に参加すると、「お金が稼げるんじゃないか」と言う人もいたので、そのような人達の狭間でいろいろ面倒な経験をしたという感じですかね。

また、勉強しすぎで真面目になりすぎた人達は、僕らがアクションを起こそうとすると不安材料を見つけて批難します。そういう人が多すぎですよこの国は。だからスタートが始まらないと感じる事が多かったです。

映画化されてよい影響もたくさんありましたが、訳のわからないクレーマーのような連絡もたくさんありました。だから今は、人との関わりはあまり気にしていません。自分も学んで、学者達の意見もきちんと聞きながら、自分ができる行動をコツコツ続けていけばいいと思っています。

荒れ果てた海底の写真
荒れ果てた海底(2009年)

養殖する際にDNA問題は?

DNAなどは、できるだけ多様性に考慮してやってきました。もちろん多くのことを学びながらです。日々充分に考え、調べることを18年の長い時間ずっと続けていますが、充分に考えずに活動を批判する世の中の人に対して、私個人としては心の中で異論があります。手付かずで滅び行く自然と、手付かずの自然を守るやり方と、人だらけの自然を守ろうとするやり方と、まぜて考えすぎです。

何も無い場所にサンゴを植える事を、みんなが目くじらを立てて必死に議論する事を僕は理解できなかった。だから環境再生に対して意見を言いたい人達は、理解をしないで批判をする人が多すぎるなと思っていました。純真に環境活動を頑張る人の阻害要因だと感じてきました。

1998年からスタートして、産卵までどのくらい?

スタートから6・7年くらいでしょうか。2004年くらいに産卵を確認しました。

テクニカル的な事は端から見たら大変に見えるかもしれませんが、好きでやっている事なので僕自身は楽しみながらやっていました。だから珊瑚の仕事は、疲れていても肉体的疲労なので寝れば直るんです。大変だったのは、このようなアクションに対して共感する人が少なかった事ですね。「あいつおかしくなったんじゃないか」みたいな感じはありましたよ。

環境活動という仕事は、色んな人の同意を得ることなど、その作業が大変でした。あとは珊瑚自体が保護動物なので、山に植林するようにどこかから木の苗を手配する事はできません。保護扱いされている珊瑚を養殖できるようになるまで、この法律の面を一つ一つクリアしていくのも大変でした。種も簡単には手に入らなかった。許可を貰えるまで2年くらいかかりました。

沖縄の海は昔から珊瑚があったと思います。海の種では、卵からつくっていますか?

僕の場合は特別採捕許可をもらっています。当初、沖縄県から40gの株一つだけ採取許可をもらいましたが、許可を出す側もよくわからない事だから厳しかったんです。

その40gから1年間かけてどれくらい増やせるか実証試験を見せて、では次の種類を採取、と繰り返し、得られた珊瑚を増やし続けました。だから、海から珊瑚の枝を取ってきている訳ではなく「マイ珊瑚」を増やし続け、それを海に植えます。言うなれば完全養殖ですよね。

珊瑚自体は有性生殖、無性生殖の二種類がある訳です。僕らは珊瑚礁を陸地に再現しているので、ここで産卵し受精した幼生が生えてくるんです。それもまた種として取っておきます。だから、個人所有の小さな珊瑚礁を作って、そこで絶えず、命が生まれるようにして、そこで増えた分を海に植えにいくと言う活動をしています。

2000年から今までどのくらいの株?

読谷村では10万株くらい植えました。(読谷村以外も含めると)会社として植えたのは、トータル14万株くらいでしょうか。

サンゴを移植して4年後の写真
移植4年後(2013年)には、サンゴも成長してこのように大きな変化が

生存率は?

最初に植えた株の大部分は死んでしまいました。最初に植えた場所は現在、ドロを被る環境になったからです。最初に植えた時と環境が変わってしまいましたね。現在植えている場所は、2013年と2015年にニュースでも大きく取り上げられた、白化現象が多くあった場所です。しかし僕らが植えた珊瑚は2013年の環境でも白化現象になりませんでした。僕らも驚いたのですが、その環境で生き抜いた珊瑚を僕らはスーパー珊瑚と呼ぶ事にしました。

スーパー珊瑚?

スーパー珊瑚は極めて高水温と紫外線に強い珊瑚です。これは狙って作った訳ではなく、選抜育種を繰り返し続けていく中で分かった事です。海だったら干潮、満潮がある訳ですが、この施設では干満がないので、水面ギリギリにある珊瑚は365日通常より強い紫外線受けるんです。その環境の中で白化が進んだ珊瑚から新たな枝が生える事を繰り返し、大切に育てる事を続けてきた結果、環境が悪い海に植えても白化しない珊瑚であるという事がわかってきました。

このスーパー珊瑚は、研究者達がDNAとバクテリア解析をやっているのですが、選抜育種の賜物だろうと言う結果でした。普通だったら長い年月をかけて環境に適応していく生き物を、人間が強い個体を選択しながらやり続ける事で得られた訳です。

紫外線と高水温に強い珊瑚は、人工的に作ったものでは「世界初」とNHKニュースではなっていましたね。

植え方は?

種類によっていろいろな方法で植えています。沖縄には約400種類の珊瑚がいますが、種類によって株分けの仕方も変わってきます。

珊瑚の事を知らない人達がごちゃごちゃ言うものですから、文句のないような植え方を示したら、その方法が世の中に広がっていきました。例えば、昆布とアマモの植え方は違いますよね。しかしなぜか珊瑚の植え方は一種類しかなかったんです。だから種類によっていろいろなやり方があると伝えたいです。

世の中に対して伝えたいのは、珊瑚の危機は1種類の絶滅の話ではないんです。カテゴリーが絶滅の危機の話です。言い換えると、植物すべての絶滅の危機が海の中で起きている事と一緒なんです。

カテゴリーが絶滅なんて恐ろしいじゃないですか。そのカテゴリーの危機さえ理解されていない中で、僕たちは最適な組み合わせの方法をみつけようと試行錯誤しています。

植え方、育て方、育つ環境、成長スピードは、珊瑚の種類と一緒で400通りの話があるはずですが、世間では1・2種類の話としてまとめて世の中に発信したがる。珊瑚は日常生活から離れすぎて、説明が難しい生き物ではないですか。単純に言うと、たくさんの種類があるので、種類によってきめ細やかに進めなくてはいけない事が珊瑚の植え付けの難しいところです。

サンゴを移植する金城さん
金城さん移植中

子供達に伝えたい事は?

ここに至るまで、専門家や一般の大人達に「無理だ」と言われてきました。答えを知っているような賢い人達の意見にさらされてきました。

だけど僕が感じているのは、「生き物の事を全て知った顔をしてはいけないな」という事です。自然界の生き物は環境に適応してこの地球上で長年生きてきたので、人間が関わり方を変えたら、その関わり方が答えとして出てきます。関わらない事前提の議論で環境再生は無理だと思います。

関わり方が良ければ、多くの批判的、懐疑的な意見も生き物が乗り越えてくれる、という経験を僕はしました。子供達に僕が伝えたい事は、「未来の事を知っている大人は一人もいなんだ」と。今の環境に適応していく姿を、僕ら大人達が子供達に見せて行く事が本当の環境活動じゃないのかな。

沖縄の海は今後どうなっていきますか?

僕が感じている事は、気候変動のスピードが早すぎるから生き物がついてこれない。生き物が生きていける手助けを、人間が出来れば、その時代にあった珊瑚礁は発達してくれるんじゃないかと思っています。

ただ、今の変化のスピードを放置していたら、珊瑚が全くいなくなる世界が訪れるのかなという印象はあります。

だから僕は、その現実を世の中に発信しなくてならないと頑張っているつもりでいます。僕自身は自分の人生をかけていろいろやってきた事なので、自分が出来る範囲の事を自分はやろうと思っています。

僕が決めている事は、僕が珊瑚を残せるか分かりませんが、将来、珊瑚礁が残った場合、理由のひとつにはなりたいと思っています。

僕が陸上に珊瑚礁を作るといったら、最初は世の中の人は笑いました。「海の前の陸上に珊瑚礁を作ってどうするんだ」って。でも、僕が陸上に珊瑚を植えようと思った理由は、このままでは海から珊瑚は消えるから、小さくても珊瑚礁を持ちたいと思ったんです。

活動を続けていく中で伝えたい事は?

ごちゃごちゃ言う人は無視して、今までの経験を全部まとめると、出来る範囲で楽しくやるという事は、一番いい環境活動だなと思っています。環境の事を語るときに注意しないといけないのは、その意見を言う人が「たまに」の人なのか「毎日」の人なのかという事を理解しないといけません。

その環境活動の現場に「毎日」いる人と「たまに」しかこない人の意見は違います。「たまに」しか関わらない人は、その事を意識して意見を伝えたらいいと思います。

でも「毎日」活動を頑張る人が「たまに」の人の意見に振り回されるのは大変な事。だから僕はいろいろなNPO団体の方とも関わるけども、「たまに」の人が「毎日」のような顔をして意見を言うようになったら、だいたい3年くらいでいなくなるかなぁ~と思っています。

僕自身もそうですが、環境活動は「正義の味方」になってしまう感覚を持つんですよね。しかし「自分が正義になってしまったら心がもたなくなる」という事を学びました。僕は「毎日」の人として珊瑚と関わればいい。

そして「たまに」の意見を見極めるようにしています。だけど活動を始めた当初、右も左も分からないから「たまに」の意見の人に振り回されたんです。「あのやり方がいいでしょう」「こうするべきだ」など全部意見を聞いていると「たまに」の人はワーワー意見だけを言っていなくなる、という経験をたくさんしてきました。

NPOの方からも相談を受けるのですが、自身が「たまに」の人なのか「毎日」の人として活動していくのかそこから考えた方がいいよ、と僕なりにアドバイスしているつもりです。

子供達が環境活動を考えるときに「毎日」海で楽しめたから「たまに」は海でよい事をやろうと思う子供がたくさん増えたらいいな、と思っています。

さんご畑の写真
さんご畑は現在も増築・改修を加え、日々チャレンジしている

我々に出来ることは?(あなたの力が必要な理由)

例えが変だと思うのですが、自分の回りにある自然や家族、環境、大切なものを大切にできる人が増えればいいなと思っています。大人の都合、矛盾、批判などに関係なく、大切なものは大切にするとその自然は壊れないと思っています。そうなれば環境はよい方向に向かっていくのではないでしょうか。

少人数が精一杯叫んでも環境はなかなか変わりません。だから珊瑚を大切に思ってください。「人間にとって価値を持たないものがいなくなる」のが今の地球ですから。価値を持って大切に思う人を増やすアクションが大切だと思っています。

沖縄のある公園などは「保護」目的として入ってはいけない事になっています。規制だけをして海が守られたかといったら、結果、そこを意識する人がいなくなってしまい、川から大量の排水が流れ込んできても、気にする人がいなくなってしまいました。

そこを大切に思わない人を増やす事は、保護でも保全でもないと思っています。自然を大切に思う意識がある人は、伝えるという事を頑張るよりも関わる意識を強く持って欲しい。

金城さんの想い

映画になって不思議な経験をたくさんしました。僕を訪ねて来る方の中には、余命短い方もたくさんいらっしゃる。その方々が「人生の後悔として、少しでも珊瑚植え付けに協力したい。」とおっしゃるのですが、その方々の話しを聞くと、ほとんどの方が「大切なものを大切にしなかった」ことを死ぬ寸前に後悔するんだな、と僕は学びました。

環境活動も家族も、普段の生活も見失わない事が大切。僕にとって珊瑚は、何があっても嘘をついてはいけない相手です。大切にすると決めたので、嫌な事があっても辛い事があっても、珊瑚の活動は辞めないで続けていくだけです。

取材・写真/上重 泰秀(じょうじゅう やすひで)
http://jojucamera.com(外部サイト)

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