養殖マグロはなぜうまい? 人気寿司店が惚れた長崎「鷹島本まぐろ」の現場から知る

太平洋クロマグロは、2014年に絶滅危惧種II類に指定され、深刻な絶滅の危機に晒されています。

ここ数年での漁獲制限によってその数は回復傾向にあるとされていますが、日本の食文化を支えるマグロの減少は、私たち日本人の食生活にとって、大切な問題。

そんな中でも、回転寿司をはじめとした多くの寿司店では、どこのお店でも当たり前のようにマグロが扱われています。それはなぜなら、養殖マグロがあるからなんです。

養殖といえども、その質は近年劇的に向上しており、「いまの養殖物は天然物と遜色ない」という声も多く聞こえるようになりました。養殖マグロがあるからこそ、日本人は安心しておいしいマグロを食べられると言ってもいいでしょう。

函太郎で提供される鷹島本まぐろを使った寿司(撮影:原田啓介)

非常に質の高い養殖マグロをユニークなかたちで仕入れ、提供しているのが、Gyoppy!編集部が函館で出会った「函太郎(かんたろう)」。地元民に愛される人気の回転寿司チェーン店です。

そして、函太郎が仕入れるマグロは、長崎県松浦産の「鷹島(たかしま)本まぐろ」

天然物に劣らない脂のノリと引き締まった身が特徴の養殖マグロは、永続的に最高のマグロを提供することを目指す函太郎に、「全国を探して辿り着いた答え」だといわしめます。

鷹島本まぐろを生産するのは、長崎県松浦市鷹島の豊かな自然に囲まれた「双日ツナファーム鷹島(以下、双日ツナファーム)」です。

双日ツナファームは、2008年に設立した本マグロ養殖の専業メーカーで、現在約4万尾の本マグロを飼育。

マグロ養殖業者としては日本初の、食の安全の国際規格ISO22000を2010年に取得、昨年は世界最高水準の衛生管理認証FSSC22000も取得して、顧客の要望にあわせた加工規格を取引相手とともに試行錯誤し、漁師の「産地直送」と「食の安心・安全」を実現、IoT・AIによる実証実験など、新しい試みを続けています。

この日、取材陣は出迎えてくれた双日ツナファームの代表・田口さんとともに漁船に乗船し、迫力満点の養殖マグロ水揚げを見学。

「養殖マグロってどう育ててるの?」「養殖が天然の味を超えたって本当?」という素朴な疑問を中心に、鷹島本まぐろの魅力をじっくり聞いてきました。

「双日ツナファーム鷹島」の代表取締役社長・田口学(たぐち・つとむ)さん

和牛より時間がかかる? 養殖マグロが水揚げされるまで

── 今日はよろしくお願いします! 波が穏やかでいい日ですね。

今日は天候も良く、波も穏やかですが、九州北部の玄界灘に浮かぶ鷹島はマグロ養殖場としては珍しく外洋に面した漁場で、ひとたび荒れればさすがの玄界灘。かなり過酷な環境に一変しますよ。

これはマグロにとっても同じで、打ち寄せる荒波だけではなく、水温も日本の養殖場の中で1,2を争う低さなのです。鷹島の最低水温は、年末の大間と同じ位の水温なんです。

さらに、対馬海流の影響もあって潮流もかなり早いので、現場で働く我々にとっては相当過酷な環境なんですよ。ただし、身がしまって脂ののった美味しいマグロが育つ環境としては、ここ鷹島が最適なんです。外洋に面していることもあって海中の溶存酸素量も高く、とても健康的なマグロに成長してくれます。

双日ツナファームでは、午前中に水揚げ・餌やり、午後から翌日の餌の準備・網のメンテナンスというサイクルで仕事が行われます

── ものすごく自然環境に恵まれているんですね。

そうですね。また松浦市は全国有数のサバの水揚げ基地なので、マグロの餌となる鮮度のいい生サバを買い付けることができます。福岡空港も近いので、出荷もしやすいんです。

── 養殖には絶好の条件が揃っていると。

本当に美味しいマグロを育てるためには、ひとつの妥協も出来ません。とはいえ、冬はやはり寒くなるので、海に潜る漁師は大変ですよ。

── えっ、潜る?

はい。当社の水揚げでは、釣るのではなく社員自らがいけすに潜って行うんです。ちょうどいけすに着いたので、実際に見てみましょう。

ダイバーが海に潜り、先端に電気を流した棒でお客さんの希望サイズを狙い撃ちします
気絶したマグロはダイバーに抱えられて、船に水揚げされます
上の画像の出典元:『鷹島本まぐろ』プロモーションビデオ

── おぉ、すごい! 本当に潜るんですね!

マグロは一本釣りのイメージが強いでしょう? 我々も以前は釣りでの水揚げをしてましたが、お客さんの希望サイズを狙えないのと、マグロが「釣られる!」と思って、暴れてしまうことで発生する「身焼け」を防ぐため。

マグロは他の魚よりも非常にデリケートで、周囲のちょっとした変化でも敏感に反応して暴れてしまいます。すると、体温が上がって味が落ちてしまうんです。人間が手で触っただけでも、指の形に火傷するくらい繊細なんですよ。

また、人間と同じく暴れたときに乳酸が出るんですが、その乳酸がマグロの身の質を落としてしまいます。暴れて体を傷つけたり網での水揚げで身が潰れたりというデメリットもあるので、マグロを美味しいまま提供するために試行錯誤を繰り返して、水中でのダイバーによる電気モリで一撃確保という今の方法に辿り着きました。

── なるほど。100m走を走りきったあとの人間は疲れすぎて美味しくない、みたいなことですね......。

暴れる間もなく水中で締めて、船上では確実な神経抜き、徹底した血抜きと内臓の除去、洗浄をいかに早くするのかが鮮度を落とさないために一番大事な作業です。繁忙期になると1日に大量に揚げないといけないので、さらに早くなりますよ。この作業はかなりのチームワークが必要になります。まさにワンチームですね。

── いつもどれくらいの量のマグロを獲っているんですか?

週4、5日くらい水揚げしているんですが、平均すると1日に30匹くらいですね。年末の忙しい時期になると1日400匹くらいです。

── そんなに! それだけ獲ってマグロは足りるんですか?

ひとつのいけすに1250匹ほどいて、いけすも33台あるので大丈夫ですよ資源保護の観点からこれ以上は増やしませんが、長崎県で決められた上限の中で安定供給できるようにしています。

── 1250匹(×33)!! そもそも、養殖マグロはどこから育てるんですか?

養殖マグロは、仕入れた天然マグロの稚魚(ヨコワ)から育てます。稚魚は対馬沖でとれる2歳(数え年)くらいのものから、和歌山、島根県の提携している漁師さんに釣ってもらった1歳のものがあります。1割くらいは近畿大学の人工稚魚も育てていますね。稚魚は年間に1万匹くらい仕入れます。

これらの稚魚は、成魚になるまでいけすに3年半以上いることになります。いま水揚げしているマグロは、2016年に生まれた魚ということになりますね。国産の牛肉で生育期間が3年いかない(アメリカ・アンガス産は約20カ月)といいますから、本当に手間がかかっています。

── 和牛より育てるのに時間がかかるマグロ......。

ここまで長い期間かけて養殖するのは日本だけですよ。地中海、オーストラリア、メキシコでもマグロの養殖をやっていますが、向こうはそもそも畜養と言って、ある程度の大きさの痩せたマグロを捕まえて半年程度餌をあげて太らせて出荷してます。

── 長ければ長いだけコストがかかりますよね?

そうです。世界的にはいろいろな養殖が増えていくでしょう、マグロはほかの魚と比べて神経質で養殖も出荷も難しい。さらに単価も高く無駄にできないので、結果が出るまでに時間がかかります。

また、稚魚の仕入れから発送までそれだけ長い時間がかかれば、船の燃料代や餌の価格など、世の中の変化をかなり受けてしまいます。おっ、ちょうど餌やりが始まりますよ。

マグロの餌やりは、船に備え付けられたエアガンを使用します
餌に主に使われるのは、厳選して買い付けた近海のサバやアジ。マグロはエアガンから豪快に発射される餌目掛けて水面近くまで浮上し、激しく泳ぎ回ります

── こんなに豪快な餌やりは初めて見ました。一度にどれくらいの餌を撒くんですか?

マグロ1匹で約2kgの餌を食べるので、ひとつのいけすで2トン以上の餌を食べることになります。

── そのまま食べても美味しいサバやアジをそんなに!

そうです。餌やりは週に6日行いますから、ものすごい量になりますよ。マグロ養殖にかかるコストの6~7割は餌代なんです。

実は、マグロもちゃんと選り好みするんです。地元の松浦では、刺身で食べられるほど鮮度の良いサバが水揚げされますが、それを餌としてたっぷり与えながら、時期によっては全国各地で厳選して買い付けた餌も与えています。

鮮度が悪い餌を与えても、なかなか食べてくれないですし、マグロの味や香りにも影響するのでかなり大事な要素です。

船底には驚くくらい大量の餌が格納されていました
水揚げされたマグロは、加工と発送のため工場へ直行します

養殖マグロが天然より美味しいってほんと?

── 大迫力のマグロ漁獲でした。現場での手間と工夫が、養殖マグロの美味しさを生んでいたんですね。最近では「いまの養殖マグロは天然の味と比べても遜色ない」と聞くことがありますが、これは本当なんでしょうか?

半分は同意ですが、もう半分は「そうもいかない」というのが率直な意見ですね。まず、養殖はすべてにおいて安定していることが最大のメリットです。脂のノリやマグロの大きさは、ある程度は人為的にコントロールは出来ます。

暴れる事なく活〆して、水揚げ後すぐに鮮度保持のための特別な処理が出来る点では養殖に分があると思っています。一方、最高品質の天然マグロには敵いません。まさに荒波に揉まれに揉まれて生存競争を勝ち抜いた海の生態系のトップランカーです。

十数年かけて何百kgになった大型マグロなんて、味の深みも色も香りも、全てが違います。みなさんがよく知る大間の本マグロが、いい例ですね。エリート中のエリートなんです。養殖は途中からいけすのなかで育てますから、なかなかそうはいきません。

天然のスーパーグレードには届かないものの、玄界灘の厳しい生育環境で、鮮度の良いこだわりの生餌を与える事で、より天然に近い高品質のマグロを安定的に供給できるのが、鷹島本まぐろの特徴と言えると思います。

── 供給面での安定性も、養殖の大きな特徴ですよね。

天然には「獲れるかどうかがわからない」「一気に獲れると加工が間に合わない」など、なかなか安定した仕事にならないというデメリットがあります。

養殖はある程度コントロールできますから、「今日は美味しいマグロがないんです」ということが起きません。マグロを仕入れる消費者がメニューを組めなくなるということがないんです。

また安定供給という点で、鷹島は佐賀県の唐津と鷹島肥前大橋によって繋がっているのが、他の養殖業者さんとの大きな違いです。これはあまり目立たないですが、かなり大きな差なんですよ。

── それはなぜでしょうか?

離島は船便でしか出荷できませんから、天候が荒れると運べなくなるんです。一番のかきいれ時の年末にマグロを供給できない、なんてことが起きたら、我々も取引先も大変なことになってしまいますよね。絶対に供給しないといけないんです。

我々は橋を渡って陸路で福岡空港へアクセス可能で、そこから全国各地へ航空便を活用して納品しています。鷹島から福岡までは1時間半位の近さです。

双日ツナファームが重宝されるのは、供給を消費者に保証できる点も非常に大きいと思っています。

鷹島と佐賀県・唐津を繋ぐ鷹島肥前大橋。2009年に竣工した

漁師の「産地直送」を実現

── 回転寿司チェーンの函太郎には、魚市場を挟まずに直接輸送してるんですよね。これは漁業では珍しい流通形態なんでしょうか?

そうですね。マグロにおける流通の一例としては、主に豊洲などの市場でセリにかけられて、セリ落とした仲買さんが解体して飲食店に販売したり、遠方のお店へ発送したりします。我々はこうした一般的な流通経路に比べると珍しいかもしれません。

── 市場を通すのと直送するのでは、輸送期間はどれくらい違うのでしょうか?

双日ツナファームの場合、獲ってすぐのマグロは体温が高いため、-2℃の氷水に一晩漬けこんで、まずは魚の芯までしっかり冷やし込みます。この翌日に丸のまま梱包して出荷したり、顧客の要望に応じた加工をして発送します。買い手に届くのは発送したその日の夜中か、遅くても翌日なので、最大3日かかりますね。市場を通すとそこからさらに1、2日遅れてしまうと思います。

── その1~2日は、やはり大きいんでしょうか?

かなり大きいですね。マグロは賞味期限が比較的長いと言われていますが、我々のマグロは冷凍ではなくチルド発送のため1週間から10日が限度です。売れる期間が1日減るだけで仕入れたエンドユーザーにとってはロスですし、鮮度も落ちてしまいますから。

── 農家からの産地直送はよく耳にしますが、魚の産地直送はかなり難しいような気がします。

管理も流通経路の確保も本当に大変ですよ。流通は業者さんに頼んでいるんですが、取引相手ごとにそれぞれの流通経路があります。

ですが、我々は末端の生産者ですので、やはり出来る限りエンドユーザーに直接届けたいという思いがありました。チルドのまま消費期限を劇的に伸ばすことの出来る特殊な包材を使ったブロック製品を函太郎さんに協力頂きながら開発出来て、生産者が売りたいものと消費者が買いたいものがうまくマッチしたんです。

中間の役割を生産者と消費者それぞれが担っているからこそ実現しています。またそうした相手から「今日のマグロは良かったよ」と生のフィードバックが直接届くことが、我々にとって一番のメリットかもしれません。

お客さんへ「美味しい」を届ける事が生産者の責務であり、その言葉を貰える事が我々にとって最大の喜びですね。

養殖マグロ事業者の課題は、IoTやAIで解決できる?

── 双日ツナファームは、NTTドコモらと提携し、IoT・AIを活用した実証実験も行っていますよね。具体的にどのような活用を視野にいれているんでしょうか?

これについてはまだまだ試行錯誤中なんです。成功しているとはまだ申し上げられないですね......。目的としては、給餌の最適化とマグロ個体数の自動カウントがあります。

餌やりは「マグロは満腹になると泳ぐ速度が落ちて反応が鈍くなる」といった、養殖漁師さんの勘と経験則に依存しています。年間の餌のコストが1割でも下がればかなり大きいので、いけすに設置したセンサーと可視化アプリケーション、AIを用いた給餌量の最適化やいけすの環境改善が狙いです。餌を減らせれば環境に対する負荷も減らせます。

ただ、海は変動要素が多すぎて正確な分析が本当に難しいんです。脂肪のつき具合などを測定する「ツナファットセンサー」もありますが、魚体の大きさが変わるとデータがずれるので実用段階には至ってません。魚の興奮度が把握できたりしたら理想なんですが。

── なるほど。個体数についてはどうですか?

ディープラーニングでの画像解析技術を使って、いけすのなかのマグロの数を把握するために試みています。

飼育尾数、死魚、出荷の尾数を計算するという、極めて当たり前のことなんですが、それぞれ正確に把握することは本当に難しいんです。

出荷数はわかりやすいですが、死魚はなかなか数えづらい。もちろんダイバーが潜って回収するのですが、網の底で魚に食べられたり、鳥に食べられたりすることもあります。

これはどの養殖業者も悩んでいて、マグロ養殖業におけるもっとも大きな課題なんです。

── 在庫がわからないと、仕入れも出荷も効率的にできないですもんね。

そうなんです。個体数は給餌量・飼育方法・出荷量・出荷時期の決定、生産性向上・コスト削減・売上予測とすべてに関わってきます。特にマグロ養殖は、成魚に育てるまで何年もかかるので、資産価値や採算がとれているかの把握がものすごく難しいんです。

── マグロの養殖は手法が確立されているイメージがあったんですが、いくつも課題があるんですね。

日本でマグロ養殖が本格的に始まって約30年が経ち、ある程度やり方も確立されたと思われがちなんですが、課題は山積みです。

「『俺が一番最初にマグロ養殖始めたんだ!』ってひとが何人もいるのは業界あるあるなんだよ」と、笑う田口さん

我々にしても、すべての取引先と直接取引をしているわけではありませんから、函太郎さんとのような関係性をもっと多く築いていかないといけません。

何より、養殖マグロはまだまだ美味しくできるはず。やれることは、まだまだたくさんありそうだなと思っています。

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