「漁師の勘」をAIで自動化! 元JAXAの研究者が変える漁業の未来

海には、まだまだ「未知」が多い。

たとえば深海。海の全体積の約95%を占める暗黒の世界で、本格的な調査が始まったのは100年ほど前。伝説とされてきた「ダイオウイカ」の動画撮影に成功した8年前のニュースを覚えている人も多いだろう。未知はほんの少しずつ解明され始めている。

しかし、もっと身近な海に関することでさえ、実は解明されていない部分が多かった。そのひとつが「漁師の勘」だ。

海の天候が変わる予兆をとらえ、沖合で魚群の位置を読み、網を入れる。養殖であれば、生簀の様子を見て、魚の調子を見極める。そうした瞬間的な判断の背景には、長年の経験の蓄積がある。だからこそ「漁師の勘」は、数値や言葉にして共有することがきわめて難しい。

しかし今、その超人的とも称される技術が、最新のAI技術によって「誰にでも使える」ものになろうとしている。

養殖の漁師さんたちの『感覚値』をデータとして数値化し、蓄積できれば、漁業はもっと効率化できる。その挑戦は、漁業を成長産業にする可能性さえあるんです」

そんな風に語るのは、海以上に未知の世界である「宇宙」の研究者から転身し、2016年に養殖業に特化したテクノロジーベンチャー「ウミトロン」を起業した藤原謙さんだ。

同社が開発したのは、養殖の生簀に設置し、IoT技術によりスマホやPCから餌やりができる餌やり装置「UMITRON CELL(ウミトロンセル)」。ソーラーパネルを搭載し、電源のない海の上でも自律して稼働する。

写真中央の白い箱がUMITRON CELL。内部には400kgの餌が入るタンクがあり、本体下部から生簀内へ餌を落とす。国内外の数十ヶ所の漁場で導入されている。写真はペルー・チチカカ湖のサーモントラウト養殖場

この装置だけでもかなり画期的だが、同社はさらに「UMITRON FAI」と名付けられた魚群行動解析システムも開発している。これは、機械学習で魚が餌を食べる状況をリアルタイムで評価するAI(人工知能)のこと。画像解析によって魚の食欲を自動で判定できる、世界初のシステムなのだ。

これまで、養殖の現場において「最適な量の餌を与える」ことはベテラン漁師の感覚頼りだった。しかし、「UMITRON FAI」と「UMITRON CELL」を組み合わせることで、そうした技術は可視化され、共有可能なものになる。

養殖漁師の技術をAIで可視化するウミトロンの挑戦は漁業をどのように変えていくのか、藤原さんに話を聞いた。

養殖現場の大きな課題「餌やりのコスト」を解決する

── UMITRON CELLは養殖魚の餌やりをサポートするそうですが、そもそも餌の量って日々変えなきゃいけないんですか?

魚も生き物ですから、日々の水温や体調など、さまざまな要因によって食べる餌の量が変化するんです。さらに養殖業において、餌代は生産コストの6~7割と非常に大きいんですよ。だから、適当にたくさん餌をやってたら無駄なコストが発生してしまう。おまけに食べ残しは水質の悪化にも繋がりますから。

── なるほど。では、これまで漁師さんが目視で魚の様子を確認して、与える餌の量を調節していた?

そうですね。事業規模にもよりますが、海の上に何十台もある生簀を漁師さんが船で回って、一箇所ずつ食べてるか確認しながら餌を与えていました。でも、それってすごく大変ですよね。餌やりの回数も高頻度ですし、荒天の日でも餌やりは必要。労務コストもきわめて大きかったんです。

こうした養殖における餌やりコストの問題を解決してほしい、という漁師さんの声から、UMITRON CELLの開発が始まりました。

── たしかに陸からスマホで遠隔操作できるようになれば、漁師さんは楽になりますよね。でも「AIで餌の量を調節」というのが、うまくイメージできなくて......。

まず仕組みから説明すると、UMITRON CELL本体の下部についたカメラが、生簀内の魚を常に撮影します。UMITRON CELLはIoT技術を活用していますから、その映像をスマホやPC上でリアルタイムで確認できる。さらに動きのパターンなど、さまざまなデータを蓄積し、AIが機械学習しているんですね。

今までは、長年魚を見てきた餌やり担当の漁師さんが「今日は食いつきがいいから、餌の量はこれくらいにしよう」みたいに判断していたわけです。その漁師さんの判断を、AIが画像解析するようになったんですね。

── AIって、そんなことまでできるんですね。

はい。UMITRON CELLで餌やりをスタートすると、無駄な餌が出ているとAIが判断したときに自動でアラートを出してくれます。AIが判断して自動で餌を止めることも技術的にはできますが、今はUMITRON CELLは給餌をサポートする機械として使ってもらい、餌やりを止める判断はリアルタイム映像を見ながら漁師側で行います。

これによって、担当者以外でも適切な餌やりができますし、チームで情報を共有しながら、餌やりの計画を立案・修正していけるようになったんです。開発段階から協力してくれていた愛媛の養殖漁師さんに、「これで毎週末、松山に買い物に行けるよ」と言われたときはうれしかったですね。

── そうか、餌やりは土日も関係なしですもんね。

家族経営だと、週末も海を離れられないじゃないですか。UMITRON CELLがあれば、買い物しながらでも餌やりができるし、魚の様子も見られますから。

ベテラン漁師の「判断」を、AIが可能にした理由

── 餌やりにおける判断を機械がやるのは、これまでの技術では難しかったんでしょうか。

そうですね。私たちが実現できた理由は、大きく分けて2つあります。

ひとつは「フィールド上でデータを取る難しさ」を乗り越えたこと。海の上に浮かぶ生簀で24時間365日、機械を動かすことって難しかったんです。でも電源やIoTの技術、通信環境が、ここ5年くらいで整備されてきた。デバイス側のコンピュータで大きな消費電力のかかる計算が可能になり、クラウドと連携することで、魚群の画像から魚の食欲を判定する機械学習が可能になりました。

2つ目は「映像」に着目したことですね。というのも、人の目で見てわかることって非常にたくさんあるんですよ。

── 人の目でわかること、ですか。

最初は僕たちも「センシング」のアプローチから入ったんです。つまり、センサーを利用して水温や水質をはじめとする海のさまざまな情報を計測・数値化していった。でも養殖の漁師さんと話しているうちに、「魚を見ることが基本だから」と何度も何度も言われたんです。

実際、彼らは毎日魚を見ることで、さまざまな情報を得ています。そこで魚の泳ぐ映像をAIで分析する「画像解析」なら、漁師さんの経験と新しいテクノロジーをうまく融合できるんじゃないか? と気づいたんですよ。

── なんだか弟子入りして最初のアドバイスみたいですね。「魚を見ろ」。

やっぱり映像って面白いんですよ。漁師の側からしても、水温とかの数字の羅列だけを見せられてもつまらないじゃないですか。でも、生簀の魚を映したリアルタイムの映像を見せると、全然反応が違ったんです。やっぱり漁師さんたちって魚が好きですし、「こういう映像が見られるなら、こんなこともできるんじゃないか?」といろんなアイデアを出してくれました。

── 新しい技術を導入するときって、反発も起きがちだと思うんです。でも、そこを漁師さんにもすごく馴染みやすい形でできたわけですね。

UMITRON CELLのスマホ操作画面。生簀の映像や給餌データなどを確認できる

生き物は、まだまだわからない。だからこそ面白い

── 開発に至る過程をもう少し詳しく聞きたいんですけど、藤原さんは元々、宇宙関係の研究をされていたんですよね。

ええ、以前はJAXAで宇宙開発の研究を行なっていました。航空宇宙のなかでも衛星などの軌道や姿勢を制御・モデル化する「制御系」といわれる分野が専門だったのですが、研究分野としては成熟している感覚が個人的にあって。でも海の分野に移って、制御対象に生物が入った瞬間に、わからないことだらけになったんです。それがすごく面白くて。

── 身近な魚でも、わからないことがあるんですか?

ラボのレベルでは生態研究が進んでます。でも、フィールドでの研究はまだまだですね。やっぱり、フィールドでやらないと意味がないんですよ。水温は毎年変わるし、同じ地域でも湾ごとに環境条件が違ってくる。そういうデータを細かくとって仕組みに落とし込んでいくためには、ラボの水槽だけでは限界があるんですよ。

それが今、フィールドで魚の生育を研究するためのテクノロジーが整ってきた。研究だけではなく、研究結果を現場実装できる環境もそうですね。

── その現場実装が、まさにUMITRON CELLやUMITORON FAIですね。

僕が起業したきっかけも、衛星データをもっと漁業に活用できるんじゃないか? と思ったのが大きかったんです。最先端の研究を現場実装するって意味では、すごくやりたかったことができていますね。

── 漁師さんとも、かなり密にコミュニケーションをとられているんでしょうか。

開発段階からそうですね。最初に「養殖現場の課題を解決してくれ」と養殖の漁師さんから言われたところから始まっているので、僕としては困っている漁師さんのお手伝いをしたいと思って取り組んでたんです。でも、向こうにも「困っている人が来た」と思われていたらしくて(笑)。JAXAみたいな大きな機関を辞めて、養殖でベンチャーを立ち上げるなんて大丈夫か?と。

それもあって、最初から漁師さんが同じような目線で話してくれたのはありがたかったですね。どんどん会社のメンバーが増えていったのも喜んでくれました。

自然の持っている力を、テクノロジーで最大化する

── UMITRON CELLのような機械を導入する設備投資は、漁師の側の経済的な体力も必要だと思うんです。

現在、基本的にUMITRON CELLはすべてレンタルで、リース代という形でお支払いいただいていますね。養殖業の場合は餌のコストが大きい分、餌代が少しでも浮くなら、費用対効果を考えて投資対象になりやすいのかなと思います。

とはいえ、やっぱり漁業や農業は生き物を扱うぶんリスクも高いですし、育てるコストも大きいから運転資金がかかってしまう。なかなか先を見据えた投資までは難しい現実がありました。

でもフィールドでの研究が進み、データが蓄積され、新しいテクノロジーを導入できれば、自然環境や生物に関して「予見性」と「再現性」が担保されます。

── 予測不可能な「自然環境」「生き物」みたいな分野が、IoT技術やAIによってデータが蓄積され、ある程度予測可能になっていく、と。

そうそう、すると資金調達の可能性も生まれるはず。だからこそ、テクノロジー×一次産業ってすごく可能性があると思うんです。

食料生産って非常に大きい市場じゃないですか。野菜や魚は毎日消費されていて、それが再生産されている。誰もが大事な分野だと思っているのに、投資や資金調達がまだまだ少ないのは、予見性と再現性のなさがボトルネックだったと思うんですよ。

── 実際、ウミトロンをはじめ、さまざな企業が食料生産×テクノロジーに参入していますしね。

新しい産業に生まれ変わるチャンスが来ていると思いますよ。

現場に行くと課題がすごく明確なんです。ただ、今までは上手い仕組みがなかったから、課題が解決されないままに残っていた。自動化して作業を軽減するみたいな他の産業で当たり前なことを、一次産業に導入していく余地はたくさんあるはずです。

── テクノロジーの参入する余地が、まだまだあると。

データ観測に関しても、今までは無機的だったと思うんですよ。地球温暖化において温度が上がること自体よりも、生態系が崩れることのほうが問題です。なのに、現象のアウトプットとしての生態系を観測することが全然できていなかった。

センシングよりも「魚を見ること」に注目したUMITRON CELLのアプローチのように、今後はもっと「生き物を測る」ことが重要になっていくと思います。

── 藤原さんは元々、生き物もお好きだったんですか? 魚の話をしているとき、すごく楽しそうだなと。

そうですね。地元が大分の杵築(きつき)市で、瀬戸内海の景色を見て育ったんです。海の生き物が好きだったので、海と向き合って仕事をするのはすごく楽しいです。社員にも生き物好きは多いですね。

宇宙開発って、地球をどんどん離れていこうとする取組みが多いんです。でも、ちょっと立ち止まって振り返ってみると、地球にまだまだ研究が進んでいない部分が残されている。

なにより地球という閉鎖空間の中にたくさんの人が生きていて、これからも進化を続けていきます。温暖化や食料問題など、私たちが地球の生態系とともに生きていくために、やらなきゃいけないことが山ほどあると思うんですよ。

── ディープテックなんて言葉もありますけど、人のためだけに技術を使うんじゃなく、自然のために技術を使おうってことですよね。

はい。僕が思うに、養殖は魚を作ることじゃなく、魚が本来持ってる力強さや成長する力を、いかにテクノロジーで最大化するかなんです。そうやって自然と向き合うことだからこそ、面白いし、奥深いですね。

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