人だけじゃない、魚も大都市に移動してる? 地方の魚文化を守る若き鮮魚店

東北の日本海岸と太平洋岸を結んだちょうど真ん中あたりにある、山形県南陽市。

1200年の歴史を持ち、縁結びの神様で有名な熊野大社があり、温泉が湧き、ぶどう、さくらんぼなどの果物が豊富な内陸の地域です。

今回、なんでGyoppy!がこんな海のない場所に来ているのかって? 

それは......ここに、めちゃくちゃカッコいい魚屋さんがあるからです!

この地で140年続く老舗「マルシチ遠藤鮮魚店」。

創業以来守り続けている「地域とつながり、人とつながる」というポリシーのもと、天然・近海のものにこだわった魚介を、対面で販売しています。

「遠藤さんで買った魚は間違いがない」と近所でも評判で、わざわざ県外から買い付けにやってくる人もいるそうです。

現在、5代目店主を務めるのは、遠藤文人(えんどう・ふみひと)さん。32歳。

7歳下の弟の壮太さんと一緒に、老舗の信頼を守りながらも、時代に合わせた新たな風を巻き起こしています。

左が店主の遠藤文人さん、右が弟の壮太さん

2018年には、これまで長年使ってきた店舗の向かいの敷地に、スタイリッシュな新店舗を構え、大胆にリニューアルオープン。

まるでおしゃれなカフェのような新店舗
こちらはお向かいにある、長年使用してきた旧店舗

新店舗では「鮮魚店を利用しない若い世代の人たちにも気軽に来店してほしい」との想いから、13席の飲食スペースも併設。メニューは予約制のディナーコースのみで、こだわりの魚料理と日本酒の組み合わせを提案しています。

若き兄弟が新たな挑戦を続ける、山の中の老舗鮮魚店。

そもそも、その信頼の礎となった、「魚の仕入れ」はどのように行われていたのでしょうか? 店主の遠藤文人さんに伺ったところ、「あくまで地方の魚屋の勝手な一意見なんですが......」と前置きされたうえで、話は現代の魚の流通の課題へと発展していきました。

そこで衝撃のひと言が飛び出すのです。

「実は今、地方からは魚が消えています」

スーパーマーケット、学校給食、あらゆるところが生魚を取り扱わない流れになりつつあるそうなのです。

どうしてそういった状況になっているのか。そしてその現状に、マルシチ遠藤鮮魚店はどう向かい合っているのか。お話を聞いてきました。

「地方に行けば地元のうまい魚が食える」時代ではなくなっている

── 遠藤鮮魚店が創業した140年前はどんなルートで海から魚を仕入れていたんですか?

それが、よくわからないんです。鉄道があったという話も聞かないし。ただ、こんな山の中なのに魚屋はわりと多くて4軒くらいあったみたいなんです。売っているものは同じで、スジコとか保存がきく塩干ものだったようですが。

── この立地だと、仙台から太平洋側の魚が来ていた可能性もありますか?

それでいうと、日本海側からだと思います。江戸時代から明治30年代まで北前船(きたまえぶね)という商船が日本海側を行き来していたんです。北海道と大阪の間を、いろんな港に寄って商品を売り買いしながら移動していました。

このあたりだとタラをカンカンに干した「棒鱈(ぼうだら)」を食べるんですけど、北海道でつくられたものなんです。それが北前船に乗って降りてきていて、京都のあたりでも食べられている。ここと京都で食べているものが同じだったりするんですよね。なので北前船絡みで、日本海側の魚が来ていたんだと思います。

── なるほど。現在も山形の漁港から日本海側からの魚を中心に扱っているんですか?

それが、現代は逆に、地元の魚を集めるのが難しい時代になっているんですよ。

──  え? どういうことですか?

まず、漁師さんが獲った魚はまず大都市に集められてしまうことが多いんです。仙台とか、東京の豊洲とか。交通網が発達して、今はトラックで1、2日あればどこでも流通できるので、まず大きなところに集めてから再分配するほうが効率的だということで。

── だとするとこのあたりの魚は仙台から来たものですか?

どこからでも来ちゃうんです。本当は地元・山形にこだわって集めたいんですけど、そのほうがはるかに難しいし、コストもかかる。

正直、今はいい魚はまず大都市に集められてしまうというのは否めないです。

── 地方に行けば、地のおいしい魚が食べられると思っていたので、ショックです......。

漁師さんにしても、悩ましいところなんです。もちろん地元の人においしい魚を食べてほしいという気持ちはあるけど、3万円くらいの客単価の店がゴロゴロしている東京だと、競りが行われて、いい魚には高値がつく。こっちには競りなんてほとんどないですから。やっぱり商売を考えたら、悩ましいですよね。

── そうか、大都市だと仕入れる人の目利きで価格が変わりますもんね。地方の魚屋さんがいい魚を仕入れるにはどうしたらいいんでしょうか?

市場と二人三脚になっていくことだと思います。

たとえば、アジがほしいと言ったときに、市場はひと箱だけ買い付けることはできないわけです。10箱買い付けてもらったとして、魚屋はひと箱あればよくて、料理人は1匹あれば十分なんですよ。そうなると残りの9箱は市場ががんばって売らないといけない。

なので市場が引き受けるリスクがどうしても大きくなってしまうんです。そこを僕たちのような買い手もきちんと買うという信頼関係を築けないと。

基本的に、魚の流通はとにかく数です。数を動かせるところが強い。

魚って掛け率がものすごく安くて、100円のものを110円で売るようなイメージです。それが消費者の手に届くころにだいたい200円くらいになります。大きく数を動かしていかないとお金にならないんです。

手間暇かけて、ロット数の少ないものを200円で売るよりも、100円のものを110円でたくさん売ったほうがいい。

── なるほど。それだと、個人店は苦しいですね......。

スーパーも、給食も。魚を扱えないから、魚を扱わなくなってきている

── その仕入れの話って、遠藤さんが継いだ頃から難しくなってきているんですか? 先代の頃はもっとみんなが日常的に魚を食べていたと思うので、地元にもある程度の数の魚が残ったのかなと想像したんですけど。

2011年の震災があってからガラッと変わりました。

── ああ、東日本大震災で......。

福島もやられましたし、その風評被害もあって、明らかに魚を買う人が減りました。正確なデータを見たことはないのですが、震災当時は漁獲高も下がったために、魚の値段は上がっていたような実感があります。

でも、最近はこれが逆転してきて、漁獲高自体は上がってないんですけど、魚を食べる人がどんどん減って、需要と供給のバランスが変わり、魚が若干安くなってきていると思います。

あとはそもそも生魚を扱う店が減りました。たとえば刺身を出すスーパーがすごく少なくなっちゃって。

── それはなぜですか?

アニサキス問題ですね。生魚に寄生する寄生虫です。食中毒とは違うんですけど、もし商品に紛れていたらスーパー全体の売り上げや評判に大損害を与えてしまいます。リスクが大きいので、泣く泣く刺身を売らない、という方向にシフトしています。

今のスーパーは魚部門があるところも少ないので。売れないというより、売らないという感じです。

── スーパーから刺身が消え始めているなんて。気づきませんでした。

あとは、給食からも地元の魚が消えています。

── 学校給食からも......!

そうです。給食センターでおばちゃんたちが給食を作っていたころは、200~300食程度だったので、魚屋でも魚を開いて卸していたんですよ。

でも今はセントラルキッチン化して大規模になったので、1000食なら1000食分同じものを準備しないと卸せなくなっちゃったんです。

昔は、「生のサンマが安く入ったから使ってみます?」という小回りのきく提案もできたんですが、今はほぼ冷凍の魚が使われている。セントラルキッチンの人たちも生魚を扱いたくないんです。

── さきほどのスーパーの話と同じで、リスクがあるからですか?

リスクがあるのもそうだし、あとは、食材を均一化しなくてはいけないからです。

魚を焼く機械も大きいので、均一に焼くために切り身は全部同じ厚さでないといけない。魚屋としては1200匹の魚を全部同じ厚さに揃えたら、ロスがすごく出てしまうので切り身の単価を上げざるを得ない。でも向こうにも予算があるので、なかなか値段を上げることはできなくて、結果として取り引きが縮小してしまっています。

── 食育を推進している一方で、給食のテンプレート化がどんどん進んでいるわけですね。

骨がなくて、同じ規格で、均一で焼けるもの、となるとおそらく海外の冷凍の魚になってしまうでしょうね。

食育という意味では、昔の給食センターの時代のほうがはるかにおもしろかったと思います。

── 今の地方の子どもたちは、ただでさえ人数も少なくて人間関係の多様性も減っているのに、食の多様性も減りつつあるんですね......。家でも魚を捌いて食べる機会は少ないですよね。

そうですね。以前、人に魚の捌き方を教える機会があったんですが、アジ1匹を刺身にするのに3時間くらいかかっちゃうんですよ。

── ええっ! そんなにですか?

昔の人はお母さんから習っているので、パパっとできちゃうんですが、ゼロから教えるのは結構大変で。

今の子育て世代が魚を扱わない、食べないということは、その子どもにも魚を調理する技術は伝わっていかないということですよね。

── 家庭内でいえば、魚を捌いて、調理して食べるという歴史はもう終わっているかもしれない。

そうですね。ここで継承されなかったら、ゼロから組み立てるのは大変です。

さらにいえば、魚を使わないという選択をする人たちが増えると、市場もどんどん仕入れられなくなって、地方はより魚の集まらない地域になっていくんです。このままでは、「地方から魚がなくなる」ということが本当にあり得るんじゃないかと。

── 魚の仕入れについて聞くつもりが、すごい展開に......。少子化、核家族、都市への一極集中、今の社会の問題とすべてつながっていますね。

遠藤鮮魚店、次なる一手は魚の「仕立て」

── では、遠藤鮮魚店が飲食部門を立ち上げたというのは、給食など、これまでの需要がなくなったから、という事情ですか?

それもありますね。あがきつつ、保険をかけておかないといけない。

── 世の中全体がそういうムードになっていますね。

でも、うちの業態って飲食店ではなくて、あくまで魚屋の新形態としての飲食スペースなんです。予約制のコースだけで、予約がなければ休みですし。

飲食業に事業を広げたのではなく、魚屋としての実験です。ここで気付いたことをフィードバックできるし、その時期の旬や料理の方法などを、丁寧に提案できる面白さがあります。1対1のクックパッドのような感じで。

── 昔の魚屋さんってそういう役割でしたよね。店舗をリニューアルして、飲食スペースという新たな試みも始めて、今度の展開は、何か考えていることはありますか?

魚は、どんどん劣化するので、仕入れた瞬間から価値が下がっていくのが基本なんです。なので最近は魚の「仕立て」をやっていけたらいいなと思っています。

── 仕立てってなんですか?

自分のところで買った魚を捌いて、適切な処置をして、たとえば熟成させてよりおいしくさせるとか、長持ちさせるとか。そういったことを総じて「仕立て」と言っています。

たとえば熟成牛は、まさに「仕立て」です。仕入れ値よりもすごく高い肉になって三ツ星レストランで使ってもらえる。あれは肉屋さんの技術で値段がポンと上がるんです。

そういうことが魚屋でもできたら、すごく価値が出てくると思います。

── そっちのほうに行くんですね。これまでの信頼の「目利き」と新たなる「仕立て」。その両輪があれば提案の幅も広がるし、ほかとの差別化にもなりそうです。

なんだか暗い話ばっかりになっちゃいましたけど、うちの強みは僕が30代、弟が20代と、まだ若いことです。多様性も受け入れられる柔軟さがあるので、時代の変化になるべく沿っていける魚屋さんでありたいと思っています。

── 魚の価値や食べ方を知るきっかけを、若い人たちに伝えていけたらいいですよね。

そうですね。夜のレストランの代わりに、魚の処理や食べ方を教えるワークショップをやるのもいいかもしれません。鮮魚の小売りや飲食のように魚自体を売るんじゃなくて、魚のコンテンツを売るというのも面白そうです。

── それ、いいですね! 遠藤鮮魚店みたいなカッコいい場所だったら、若い世代の人も集まりそう。

だと、うれしいですね! 今、話しながら、いろいろアイデアが湧いてきました。

「魚って美味しい」という純粋な喜びを未来につなげていくために

「地方に行けば、その土地の美味しいものが食べられる」

これまで筆者は、当たり前のようにそう思ってきました。でも実際は、人が大都市に集中するのと同様に、食材も人口の多い都市へと集中していたのです。

今回お話を聞いて、若い世代の好奇心を刺激するマルシチ遠藤鮮魚店の存在は、日本の魚食文化をつなぐひとつの希望のように感じました。

「なんかカッコいいお店だな、入ってみたい」
「予約しないと食べられない魚のコースがあるらしい」

きっかけは何でもいい。

まずは魚を食べて、おいしいと思ってもらうこと。そして、子どもの代まで、それが続いていくこと。その積み重ねで文化は未来へとつながっていきます。

内陸にある南陽の街で、熊野大社がたくさんの人の縁を結んできたように、マルシチ遠藤鮮魚店は、若い感性を武器に時代の波に乗り、「魚を売る」だけに留まらない方法で人と海をつないでいく。

そして、もしも今後、遠藤鮮魚店のように「わざわざ行きたくなる専門店」があちこちに増えてきたら、それはわたしたち消費者にとっても豊かでワクワクするような未来だと思います。

ただ商品を買うだけの買い物から、プロからの知識や新たな体験も同時に得られる買い物へ。危機的状況は、変化のチャンスでもあるのです。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、海のイマを知ってもらうことが、海の豊かさを守ることにつながります。

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Gyoppy! は、ひとりでも多くの人に、海と海にまつわる人、もの、ことに興味を持ってもらうこと、海の課題に関心を持ち、解決へのアクションを起こしてもらうことで、海の豊かさを次世代へつなぐことを目指します。